桜になれない君

雪蘭

第1話 

 じいちゃんが死んだ。


その知らせが届いたのは昨日の夕方頃だった。その時俺は学校から帰ってきてからずっと、いつも通り部屋にこもってスマホゲームをしていた。妹に呼ばれてリビングに行くと、そこには静かに涙を流す父親と慌ただしく喪服を準備する母親がいた。


「明日は通夜だから早く帰ってくるのよ。」


母親はそれだけ言うと「これで夜ご飯でも食べて」と俺に千円を手渡した。なんとなく居づらくて、俺はそのまま近くのコンビニに向かった。

その道中、普段感情を表に出さない父親の、声を押し殺した泣き顔と、見守るようなじいちゃんの優しい顔が頭からこびりついて離れなかった。




翌日の夜。

黒い棺の中には、眠るように穏やかな顔をしたじいちゃんが横たわっていた。じいちゃんは俺にとって、ある意味親よりも特別な人だった。好きか嫌いかと聞かれればもちろん好きだし、感謝もしている。

だけど、その動かなくなった姿を見ても、涙が出てこないばかりか哀しみも感じなかった。


「ふふ。」


自然な感じで笑った。まるで異物を見るかのような鋭い視線が、そんな俺をぐさぐさと刺す。


小学校低学年くらいの時、俺が他の人より感情が欠如していることを自覚してしまった瞬間があった。

周りが面白そうに笑っているとき同じように笑えないし、おそらく悲しく感じるだろう場面があってもそれを感じられない、涙が出てこない。

あの日、どうしよう、とじいちゃん家にある小さな池に泳いでいる鯉を見ながら本気で悩んでいた。すると、いつのまにか後ろに立っていたじいちゃんは言ってくれた。


優輝ゆうきはそのままでいいんじゃ。周りに合わせたりなんかせんでいい。別に変なことじゃないんじゃからな。じゃけど、近い将来わしが死んだ時、その時だけはどうか.....』




(じいちゃん。俺、笑ってるよ。あの日の約束を、ちゃんと守ってる。笑ったことなんかないけれど、笑い方って、これで合ってるか??)


親戚のやつらのひそひそと小声で話す声が届く。だけどそんなもの、何にも気にならない。これが、唯一俺を認めてくれたじいちゃんへの供養なのだから。



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