第2話

 大人っていうものはどうも堅っ苦しいものだ。親戚たちの目を気にした母親は葬儀という場において"異質"な俺を早々に葬儀場から追い出した。行き場もすることもなくなった俺は、なんとなくじいちゃんの入院していた病院の方へ足を向けた。

病院の敷地内を歩いていると、一本の木を見上げて立ち止まっている人物を見つけた。

惹きつけられるようにその側へ行くと、その人物は何かに怯えるように、何かを探るようにしながらこちらを振り返った。


「あなた、誰?」

「え、あぁ。桑名くわな優輝ゆうき。あなたは?」


明らかに病人という顔をした彼女は「小林かすみ」と言った。黒々しく艶のある髪は緩くまとめられ、少し垂れた後毛と陽の光を知らないような真っ白な顔は、儚げな色気を醸し出していた。歳は.....優輝と同じくらいのように見えた。


「この木ね、本当は桜が咲くはずなんだけどいつまで経っても蕾ひとつつけないんだー。私ね、昔からこの木をみてるからさ、もう待ちくたびれちゃった。」


泣き笑いのような表情で青々とした葉っぱを茂らせるその木を見上げて、小林さんはそう言った。その表情が、つい最近見せたじいちゃんのそれに重なって見えた。


「別に、咲き急ぐこともないだろ。」

「えっ.....?」

「植えられてから花をつけるまでかかる時間はその木その木で違うし、早いから良いということも、遅いから悪いということもない。早く咲いて欲しいと願うのはいいことだけれど、それを焦ることはない。..........って昔じいちゃんが言ってた。」


 わかりやすくキョトンとした顔をする彼女を見て、少し羨ましく思えた。これをじいちゃんに言われたあの日も、俺はこんな風にじいちゃんに応えることができなかったんだなと思うと、胸の辺りをきゅっと鷲掴みにされたようだった。

小林さんは少しの間その"桜"の木を見つめた後、何かに気づいたかのようにハッとしてくるりとこちらを向いた。


病院ここに何か用でもあるの??」


少し嫌そうにして聞いてくる彼女に疑問を浮かべつつ、じいちゃんの葬儀のことには触れないようにして答える。


「いや、別に.....。他に行くところがなかったから、なんとなくここに来たってだけ。」

「ふ〜ん。」


それっきり、お互い口を開かなかった。静かな分、少し遠くの方で多くの子供達がはしゃぐ声がうるさく耳に響いてくる。




しばらくして、ちらりと彼女の方を伺い見ると、彼女は気にもたれかかって空を仰いでいるところだった。その横顔がふと、泣きそうに歪んだように見えたのは気のせいだろうか。

何か声をかけようと開きかけた口を真一文字に結び直し、"そんなことは俺がすることなんかじゃない"、と言い聞かせる。ここで口を開いてどうする。何を話すというのか。俺にはさっぱりわからない。それでもなぜか、彼女のことを放っておけない自分がいて、彼女から目を逸らせなかった。


「かすみさ〜ん、かすみさ〜〜ん!!!!」


「えっ!?!?もうバレちゃった!?どうしよ.....見つかっちゃう.....」


先程まで優雅に空を仰いでいたのはどちら様?と疑いたくなるほど別人のように辺りをきょろきょろとし出した彼女を見て、ハッと我に返った。


「あの.....、もしかしてこの病院に入院しているん.....ですか?」


「ん?そうだけど、もしかして気づいてなかったの!?!?実は今、初めての脱走中なんだよねーー」


「それは.....やめた方が良いんじゃ..........」


「嫌よ。だって、もう今までだったらこのくらい入院したらとっくのとうに退院できているはず。こんなに入院期間が長いことなんてなかった。せっかく高校に入学したっていうのに、初日から一日も行けていないし。」


彼女の悲痛な顔を見ると、何も言えなくなった。彼女がどのような病気で入院しているのかも知らないし、その症状も知らない。むやみなことを言うほど、俺はバカではない。


「でも、わかった。戻ることにするね。病院から抜け出したからって学校に行けるわけでもないし。..........それじゃあ。」


そう言うと俺が何かを言う間もなく、パタパタと手を振って病棟の方へと彼女は歩き出した。





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