千年万年何年
十余一
千年万年何年
弟の亀蔵が帰ってきた。
亀蔵は決して悪人ではないが、怠け癖が酷く、労を
それが今になってひょっこりと帰ってきた。奉公先へ送り出したときと
亀蔵は空が白むと起き、熱心に野良仕事や行商を手伝う。「おっかぁの作るいなり寿司はやっぱりおいしいなァ」なんて、一度も言ったことのない褒め言葉をしきりに口にして飯を食う。殊勝なことに、毎朝、亡くなった父の位牌に手を合わせる。素直で、働き者で、まるで人が変わってしまったかのようだ。
今日も亀蔵は手伝いに励んだ。俺の隣で軽くなった荷を担ぎ、家路に立ち並ぶ店に目を奪われている。
「つる兄ィ! 茶屋だ、茶屋がある! おっかさんにだんごを買っていこう」
そうして足取り軽く茶屋へ向かうが、途中で「アッ!」と短い悲鳴を上げると、慌てた様子で俺の
「やっぱり止めよう、だんごは止めだ。他のにしよう」
茶屋では連れ立つお武家様が片や団子を頬張り、片や紫煙を
「あっちで飴を売っているよ! つる兄、あれにしよう!」
真っ赤な傘の下で鐘を鳴らし客引きをする飴売りと、そこへ駆けてゆく無邪気な後ろ姿。その背に投げかけようとした「お前はいったい誰なんだ」という問いは、
明くる日の暮れ時、
こうして煙草を
アレが誰であろうと何であろうと、いいじゃないか。そんな考えが頭を巡る。次男が行方知れずとなり父を病で亡くし塞ぎこみがちだった母にも、少しずつ笑顔が戻りつつある。孝行息子が増えて、いや帰ってきて嬉しいのだろう。食べ盛りのために飯を用意する横顔など活き活きとしている。
久方ぶりに晴れやかな風が吹き込む家に思いを馳せながら、煙草をもう一口。拭いきれない違和感からは目を逸らしてしまえばいい。実のところ、俺もすっかり
「おっかぁ! つる兄ィ!」
軽やかな足音と共に、喜色の
「見ておくれよ! 山桃がこんなにたくさん――」
言葉の途中で、両手いっぱいに抱えた鮮やかな実が転がり落ちる。
夕日に照らされる金色の被毛を呆然と見送る俺に、いつの間にか表へ来ていた母が山桃を拾い集めながら言う。
「鶴吉、あの子を迎えに行っておやりよ」
「……、母ちゃんは気付いてたんか、アレが亀蔵じゃないって。気付いて可愛がってたんか」
「二人も三人も変わらないさ。そんでな、皆で楽しく暮らしていたらきっとそのうち、亀蔵も帰ってくるよ」
そう言い残すと、母は「あの子が帰ってくるまでに稲荷寿司でもこさえようかね」と台所へ行ってしまった。
俺は灰吹きの
まずは驚かせてしまったことを謝り、それから改めて名前を聞かねばなるまい。鶴吉と亀蔵の弟はいったい何というのだろうと思案しながら、夕焼けの小道を足早に追った。
千年万年何年 十余一 @0hm1t0y01
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