不思議なたまご

原田楓香

不思議なたまご

「1コ100円から」


 道ばたで小さな屋台を見かけて、思わず立ち止まってしまった僕に、その人は言った。

 まん丸なもの、楕円形のもの、小さいもの、大きいもの、まだら模様のもの、きれいな空色のもの、可愛らしいピンク色のものなど、たまご? のようなものがいろいろ並んでいる。


「どうぞ、手に取ってみて」

 そう言われて、僕は、ひょいと手を伸ばす。小さくて、ピンク色の楕円形のものを、手のひらに載せる。思ってたより、しっかりとした重みがある。中はどうなっているのだろう? 表面はすべすべしていて、手のひらにすっぽり収まって、なんだか可愛い。

 彼女にあげたら喜びそう。ちょこんと、棚や机の端に飾っておくのによさそうだ。


「それにしますか? 袋はいりますか? 」

 その人は、言った。

(今どきは、屋台でも、レジ袋をどうするか聞かれるんだな)と、思わず笑って、

「レジ袋?」 と聞き返した。すると、その人は、笑って、

「というか、それぞれ専用の袋があるんですけどね。たまに、いらないって人もいるので」

「専用の袋って、どんな?」

「その子には、これですね」

 その人が差し出した袋は、これまた可愛いピンク色の巾着で、表面には、ピンク色のブタの絵がついている。

「じゃあ、袋も下さい」

「袋代もあわせて、115円です」

 僕は、120円渡して、おつりを5円もらう。

 そのとき、ふと、きれいな空色のたまごも気になった。

「これは、おいくら?」

「それは、ちょっとだけ、高くて、袋込みで335円」

「じゃあ、それも」

 つけてくれた袋には、晴れ渡った空のような、明るい青色をしたクジラの絵がついている。

 そうだ。彼女には、好きな方を選んでもらおう。今日は、ちょうど彼女がうちに遊びに来ることになっている。


 遊びに来た彼女に、僕は、2つの袋を差し出す。

「おみやげ。どちらか好きな方を選んで」

「え? あら。可愛い。どっちもいいね」


 迷いに迷って、彼女は空色の方を選んだ。僕はピンク色の方をとることになった。    

 袋から、たまごのようなものをコロンと出して、彼女は手のひらにのせる。両手でそっと温めるように包みこむ。僕も同じように、ピンクのたまごを両手で包む。


「なんか、あったかいね」

 彼女が言った。

「うん。なんかあったかい気がするね」

 僕も答える。

「なんか、中で、音がするみたい。ぴちぴち、って」

 彼女が言った。

「え?」

 僕は、耳をすます。

「まさか」

「そっちのピンクのは?」

 言われて、耳をすます。

「いや、音はしない。……でも、声がする」

 ぶう。

「いや、まさか」

「まさか」

 恐る恐る開いた手を見ると、たまごのようなものに、ひびが入っている。

 2つとも。

 そのひびは、みるみるうちに、大きくなり、びっくりしている僕らの目の前で、完全に割れた。

 そして、中から、手のひらサイズの、きれいな空色のクジラと、ピンク色のブタが出てきたのだ。びっくりしたけど、それを上回る可愛いさで。

「うわあ……可愛い」 ため息交じりに彼女が言う。

「すごい、泳いでる」 僕も、言う。

 小さなピンクのブタが、ころんころんと僕の膝の上で転げ回り、小さなクジラは、僕らの目の前の空中を、ゆっくり泳いで横切っていく。


「まさか、ほんとに、たまごだったとは……」

「何だと思ったの?」

「ペーパーウェイトかなんか。置物かな、と」

「これ、どこで?」

「すぐそこの道端の、屋台」

「まだ、他にもあったの?」

「うん。いろいろ、いっぱい」

「白と黒のは?」

「う~ん。あったかも。黄色くて、茶色のまだらのとかも」

「行こう! そこ連れてって」

「え?」

「パンダの、あるかもしれない」

  

(そうだった。彼女は、超がつくほどのパンダ好きだった)

 僕はブタをポケットに入れて、彼女は肩にクジラをのせて、さっきの屋台を目指す。

 さっき屋台のあったあたりまで来たけれど、どこにもその姿は見当たらなかった。

「ああ、ざんねん~」

 彼女は、少しがっかりしていたけれど、彼女の目の前を、空色クジラがぴちぴちと音を立てながら行ったり来たりするのを見て、愛しそうに目を細める。

「まあ、いいか。この子がいるし。……ね、空ちゃん」

 どうやら、名前を『空』に決めたらしい。

「ぶう」

 ポケットの中から、ちょっと催促するような顔で、ピンクのブタが鳴いた。

「ぶうこ」 呼んでみた。

「ぶぶう」

 めっちゃ不満そうだ。

「なんで? ぶう、って鳴くから、ぶうこ、にしたんだけど」

「もっと可愛い名前にしてって言ってる顔だよ」

 彼女が言う。

「じゃあ、ピンク色だから、ぴんちゃん」 

「ぶぶう」

「……桃色だから、桃ちゃん、は?」 彼女が提案した。

「ぶう!」

 ブタはゴキゲンな声で言った。

「決まりね」

 彼女と僕は歩いて、空と桃は、空中とポケットの中で、もと来た道を戻る。

「これ、誰かが見たら、びっくりするよね、きっと」

「うん。きっとね」

   

 そのとき、前から、1人の男性が歩いてきた。見ると、彼は、頭の上に、小さなキリンをのせている。彼と目が合った。

「可愛いですね」 僕が言うと、

「ええ。……きりちゃん、ごあいさつ」

 彼が言うと、頭の上のキリンが、長い首を動かして、ぺこりと頭を下げた。

「うわ。お利口ですね」

「ちょっと教えてみたら、すぐに覚えてくれたんです」

 彼は、ちょっと得意そうだ。

「じゃあ」

 そう言うと、彼はウキウキと去って行った。

 マンションまで戻ると、エレベーター前で、家主さんに会った。彼女の肩には、小さな灰色のゾウがのっている。可愛い鼻を振り上げて、その子は、

「ぱおん」と鳴いた。

「わあ、ゾウですか?」 「可愛いですね」

 僕と彼女が口々に言うと、

「でしょう? ちょっとだけ重いけど、この子ね、マッサージが得意なの。いい感じに、肩やら腰やら、踏んでくれるの」

「それはいいですね」

「そのピンクの子も、空色の子も、可愛いわね」

 家主さんが言うと、

「ぶ!」

 ぴち!

 うちの子たちも、嬉しそうに返事をした。

 

 どうやら、不思議なたまごから孵った動物を手に入れたのは、僕らだけじゃなかったようだ。誰が、どんな動物を連れているのか、これから人に会うのが楽しみになりそうだ。彼女と僕は、ちょっとワクワクしている。

 家に着くと彼女は、両手で輪っかを作って、

「空ちゃん、くぐってごらん」と言った。

 クジラはぴちっと跳ねて宙返りしたあと、きれいにその輪っかをくぐり抜けた。

「すごいね」

「うん」

 空は、何度も輪っかをくぐり抜けてみせる。ちょっと得意そうだ。

 

 ふと見ると、ポケットの中で、桃がなんだか、しょんぼりしている。

「どうした? 桃」

「ぶぶ……」

 たぶん、自分は何も得意技がないと思って、しょげているんだろう。僕はポケットから桃を出してやり、そっと両手で包んで言った。

「あのね、桃は桃。何かが出来ても出来なくても、そんなの関係ないよ。桃は、大事な可愛いうちの子だよ」

「……ぶぅ」

 桃が、甘えたような声で、僕の手のひらに鼻をすり寄せてくる。可愛い。

 それで、十分だよ。ね、桃。


(それにしても、あの屋台、なんだったんだろう)

 僕の頭の中にかすかな疑問が浮かんだけれど、あっさり、その疑問は頭の片隅に押しやられていった。なぜって?

「ぶ?」

 つぶらな瞳で、見上げてくる桃があまりにも可愛すぎて。よけいなことを考える暇なんて、ないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議なたまご 原田楓香 @harada_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画