恩寵は驟雨のように我らを連れ去る

ぶざますぎる

恩寵は驟雨のように我らを連れ去る

もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならないほどのことすら、まだ知っていない。(コリント人への第一の手紙8:2)



[1]

 曩時、武座馬透瑠ぶざますぎるは、カラオケ店でバイトしていた。

 某県中枢都市の主要駅間近に居を構えていた其店は、平生より客脚の繁きこと甚だしく、昼夜問わずスタッフは皆、激務に残息奄奄たる有様、武座馬なぞはよく「あーあ、こんなハードワークをやらされてるってえのに、雀の涙くれえのしょぼい労賃しかもらえねえんだからよお。まったく、やってられねえなあ」と、ボヤいていた。


[2]

 併し其晩に於いては、土曜深夜だというのに異様なほどの不入り、1時頃には客が途絶えた。ガランとした店内に流れる有線は渺として虚しく、その響きは幽邃の感。

 往時は武座馬含め4人のバイトと、笹井という中年の副店長が出勤していた。バイト連は皆所在無げ、ある者はキッチンで呆っと待機、ある者はフロントにて凝と虚空を見つめ、ある者は意味も無く各部屋を覗いて廻っていた。


[3]

 武座馬はバックヤードにて金ピースの紫煙を燻らせながら、パソコンをカタカタとやっている副店長の笹井に向かい、詮の無いことをピーチクパーチクと喋り掛けていた。

「いやあ、土曜だってえのに、皆目お客が来ませんねえ。まあボクとしちゃあ、ただ居るだけで時給が発生するんですから、ありがてえんですがねえ」

 笹井は不機嫌そうに返した。

「武座馬君はバイトだから気楽で好いよな。おれはそうも言ってられないんだよ。売上が悪ければ、上司から怒鳴られるしさ」

「さいですか。でも、お給料はそれなりの額を貰ってらっしゃるんでしょう」

「それなりの額なんて貰ってないよ。君たちバイトの稼ぎに毛が生えた程度だよ。そのくせ、職務と責任だけは物凄いんだからね」

 そう語る笹井の顔はゲッソリとして、目元にはえらい隈ができていた。

「でしたら、なんでお辞めにならねえんです」そもそもがデリカシーに欠けていた武座馬は、聞く者を腹立たせるようなお気楽調子で訊ねた「そんなに不満を抱えてるんなら、こんな処とっとと辞めちまって、もっとマシな場所へ転職すりゃあ好いのに」

 おそらく、武座馬の無神経な太平楽に、業が沸いたのであろう。キーボードを打つ手を止めた笹井は、キッと武座馬の方を向き、底冷えのするような睥睨を寄越す。その威迫めいた笹井の態度に、そもそもが小心者であった武座馬は、すっかりと肝を冷やした。

はまだ若いから、そんなことが言えるんだろ。おれくらい歳を喰っちゃうと、もう色色と、ツブシが利かないんだよ」

 また、笹井には少許たる錯乱の気配があった。武座馬は殺気を感じた。

「す、済んません。ボ、ボク、えらい調子に乗ったことを言っちまいやして……」

 武座馬は即座に詫び、スムーズに叩頭へと移行した。已往、余計な口を利いて他人を怒らせることの多かった武座馬は、その度に謝罪の一献として安い土下座を捧げ、怒らせた相手の赦しを乞うのが恒であった。

 而して頭を下げた武座馬であったが、笹井はそれを無視して「もう疲れちゃったよ。死んだ方がマシかもな。生きていてもロクなことが無いもんな。フン切りがつけばおれだって……」なぞと独り言ち、体をデスクへと向け直しては、またぞろキーボードを叩き始めた。

 <なんでい、なにも怒るこたあねえだろうが。度量の小せえ野郎め。そんなんだから万年出世識らずで、上司からイビられるんだろうが。てめえの無能を棚に上げて、ボクにキレてんじゃねえやい> と、武座馬は胸中、毒づいた。

 転帰、すっかりと気ぶっせいを感じてしまった武座馬は、灰皿で煙草を揉み消し、まるでコソ泥の逃げるが如く、そそくさとバックヤードを出た。


[4]

 バックヤードを出た武座馬はキッチンへ往き、換気扇の下に場を占め、そこに居た同僚――彼は大学の2回生だった――が迷惑がるのを一顧だにせず、またぞろ金ピースを吸い始めた。茶のミディアムヘアをした痩身の大学生同僚は煙を厭がり、キッチンの隅へと移動した。

 漸漸、武座馬の身の裡で憤懣めいたものが出来しゅったい、幾何級数的に大きくなった。有り体に言えば、武座馬は笹井に対して業腹であった。さきの笹井との一件は十中十、己の無神経が因であったにも関わらず、そもそもが逆ギレ気質であった武座馬は、まるで自分がひどく理不尽な目に合わされたかの如く思い始めたのである。転帰、武座馬は愚痴のひとつでも吐きたくなった。

「ボクはさっき、笹井さんからパワーハラスメントを受けちまったよ」

 武座馬は、離れた処で雑誌を繰っている大学生同僚に向かい、言った。

「なんすか、ソレ」雑誌に視線を落としたまま武座馬には一瞥もくれず、大学生同僚は雑な返答をした。往時、パワーハラスメントという言葉は、今ほど人口に膾炙していなかった。

「つまりさあ」武座馬は満腔の被害者意識で以て、事情を説明した「ボクはなにひとつとして悪いことをしちゃいねえんだが、笹井さんの方はえらい虫の居所が悪かったらしく、すっかり八つ当たりされちまったのよ」

「へえ」

 大学生同僚は興味無さげに、素っ気無い返事をした。

 その冷然たるレスポンスに慊りないものを感じ、えらい不機嫌となった武座馬は、爆裂な舌打ちを放った。

 <愛想の無えゴミ大学生が!!! もっとボクを大切にしろい!!! > 心中、武座馬は大学生同僚へ鬼の一喝を浴びせた。

 而してすっかり不貞腐れた武座馬は、口元を苛立ちで引き攣らせ、無言で金ピースを吸った。大学生同僚の方でも、武座馬なぞへは一縷の関心すら無いらしく、一心に雑誌を弄っていた。

 斯く舐め切った態度を取られたことで、武座馬は身の裡でフラストレーションを増大させ、またぞろ大音量の舌打ちをカマす仕儀と相成った。


[5]

 吸っていた金ピースも短くなった。

 換気扇横に備えつけられた小窓の向こう、ザアっという音が響いた。

「雨か」武座馬はボソリと独り言ちた。

 降雨となれば、傘立てや雨天用マットを用意せねばならぬ。

 どうで客の気配は無い。そうそう焦って用意する必要も無い。併し、あまり呆っとしていると、先だって怒らせてしまった笹井から、厭味のひとつでも言われてしまうやもしれぬ。 

 武座馬は、ひどく面倒に感じたが、丁度煙草も吸い終わる処であったし、このままここへ残って不愛想な大学生同僚と座を共にしても、不興が募る一方。それに手持無沙汰でブラブラと過ごすより、なにかしら作業をしていた方が、好い無聊解消ともなろう。

 転帰、大学生同僚へ怒りの一瞥を向けてから、武座馬はキッチンを出、フロントへと向かった。

 フロントでは最前より、坊主頭で黒ぶち眼鏡を掛けた百貫デブの同僚が、所在無げに突っ立ていた。百貫デブ同僚は武座馬の姿を認めると

「おお、武座馬っち。今日は暇だねえ」と言った。

 武座馬より年上の百貫デブ同僚は、恒から随分と馴れ馴れしい態度で、武座馬に対して話し掛けてきた。その点、そもそもが誇り高い一匹狼を自認していた武座馬は、斯く百貫デブ同僚の挙措云為に、内心穏やかではなかった。

 併し既述の通り、そもそもが小心者であり、復、自分より強い人間へは反射的にペコペコし、ヅケ取りと気褄合あわせに必死になる、惨めな舎弟気質でもあった武座馬は、デブとは言い条、長身で迫力のある躯体をしていた該同僚に対しては、日頃より少しく気後れしていた処があり、斯く不満を表へ出すことはできなかった。

 而して武座馬は、其度も卑屈な笑みを浮かべつつ、媚びるような口跡で百貫デブ同僚へと返事したのであった。

「ふひひ、どうも、お疲れさんでごぜえやす。なんか、雨が降ってきたみてえですよ。ボク、ちょっくらマットと傘立てを出してきまさあ」

「え、予報ではそんなこと言ってなかったけどなあ。おれも手伝うよ」

「いえ、それには及びませんぜ。どうで暇で仕方が無えですから。消閑がてら、やっちまいやす。どうぞ、先輩はゆっくりしといておくんなさい」

 曩に叙した如く、武座馬は本心、百貫デブ同僚に対しては屈折した心機をふとこっていたので、極力、一緒に過ごすことは避けたかったのである。

 <誰がてめえの助けなんぞ要るもんかい!!! 馴れ馴れしいデブ野郎が!!! ラード臭えんだよ!!! てめえはまず、その醜いボディをどうにかしろや!!! 痩せろ、馬鹿が!!! > 

 武座馬は心中怒罵しつつ、百貫デブ同僚をフロントへと残し、備品一般の収納部屋へと向かった。


[6]

 収納部屋より雨天用マットと傘立てを携え、武座馬がフロントへ戻ってみると、百貫デブ同僚が客対応をしていた。客は男一人、黒いローブのようなものを纏い、頭は短く刈り込んである。

 <あらあら、漸うに御来客かしら>

 武座馬は二人を後目にマットと傘立てを設置し始めたが、作業途中、どうも彼らの様子がおかしいことに気づいた。

 百貫デブ同僚はカウンタ越しに「あの、もしもし」とか「済みません、聞こえていますか」なぞと、客に向かって話し掛けている。通常のフロント対応ではない。客はといえば、両手を真下へだらんと下げ、少し俯いた姿勢で身動ぎ一つせず、カウンタの前に突っ立て居、百貫デブ同僚の呼び掛けへは、一切の反応を呈さない。

 そこで武座馬は気づいたが、客の男は裸足であった。その気づきと同時、饐えた臭いが武座馬の鼻を刺す。悪臭は明らか、客の男から発せられている。男の羽織うローブのようなものはえらい襤褸、悪臭と相俟って、ひどく不潔な印象を武座馬に恵えた。挙動風采からして、どうもこの男、まともな精神状態ではなさそう。

 <こりゃあ、面倒くせえなあ> 武座馬は身の裡にて悪態を吐いた。

 稀に斯様な客がやって来るのだった。鯨飲の挙句、前後不覚になった酔客、いったいなにを摂取したものか、挙措云為のおかしいやつ、等等……。概して、そういった手合いの御来臨を賜った際には、ロクなことが起こらなかった。

 そもそもが不運体質であった武座馬は、なにかといえばそうした迷惑客にカチ遇って被害を蒙ることが多く、度度、泣きを見ていた。

 触らぬ神に祟り無し。武座馬は、男の対応をすっかり百貫デブ同僚へと任せ、仮令トラブルが生じたにしても、自分だけは被害無く安全で居られるよう、さっさとその場を離れることに決めた。

 併し、一瞬目の合った百貫デブ同僚が、武座馬に向かって求救の意が明明白白たる哀れな視線を寄こしてきたので無視する訳にも往かず、転帰、仕方が無しに援護に入った。

「お客様、如何なさいましたか」武座馬は男に訊ねた。

 男は最前から変わらず、何の反応も示さない。歳は50ほどであろうか、能面めいた顔。武座馬は気味の悪さを覚えた。百貫デブ同僚が、武座馬に向け、軽く小首を傾げる。

「あのお、お客様」武座馬は再度、オズオズと話し掛けた。

 この手のイカれを不用意に刺激すると、なにをされるか判ったものではない。

「なにもお応えいただけないとなりますと、当店と致しましても……」

 武座馬がそこまで言い掛けると、それを遮るようにして、男が右手を前に上げた。男はなにかを指差している。武座馬と百貫デブ同僚は、男の指す方向を見遣った。そちらにはバックヤードの入り口があった。

「わっ」矢庭、百貫デブ同僚が声を上げた。

 その声に驚き、武座馬は視線を戻す。そして同じく、「わっ」と発声した。

 視線を外したのはホンの一瞬であったにも関わらず、そこに居たはずの男が、忽然と姿を消していた。

 武座馬と百貫デブ同僚は茫然、互いに口を利くことができなかった。

 武座馬は不図、最前まで男が立っていた処へ、はがき大の紙切れが落ちていることに気づいた。それを拾い上げる。

 薄灰色で、若干ながら不快な出触りのその紙に、ミミズがのたくったような黒字で


 ""おんちょう ささいみきお""


 と書かれていた。


[7]

 ""ささいみきお"" とは、ともすると副店長の笹井のことを指しているのやもしれぬ。笹井のフルネームは笹井幹夫。併し""おんちょう"" とは、なんぞや。恩寵のことであろうか。さすれば紙の文言は ""恩寵 笹井幹夫"" となろうが、その意味とは。そして、男と笹井の関係とは。

「とにかく、その紙は笹井さんへは見せない方が好いと思うな」百貫デブ同僚が言った「あの人、最近はだいぶ参っているみたいだから。そんな気味の悪いものを見せて、余計な心配は掛けちゃ駄目だよ」

「ボクも同意見でさあね」武座馬は返した「最前も、えらい切羽詰まった様子でしたからねエ。ボクは

「え、あの笹井さんが? そりゃあ相当だね」

 夙に叙した如く、武座馬が八つ当たりされた事実なぞ無い。単に笹井は、武座馬の無神経に対し、若干の不快感を示したに過ぎぬ。併し、そもそもが極めて被害者意識の強い人間であり、糅てて加えて、自分に都合好くすべての事実と記憶を改竄するメンヘラ気質でもあった武座馬は、其際も遺憾無く、その悪癖を発揮したのである。

「では、この紙は処分しちまいやしょう」

 そう言って武座馬は、カウンタ下に設置してあったシュレッダへ紙を差し、スイッチを押した。メリメリという音を立て、シュレッダが紙を飲み込む。

「まあ、あのイカれ男にしたって、ボクらの隙を見てズラかっただけですよ」

「そうだよね。うん、そうだよ。おれもそう思う。まあ、おれらも夜勤だからね。自覚無しに疲れが溜まっているのかもしれない。おれらがあの男から目を離していた時間は、おれらの体感以上に長かったのかもしれないよ。併し、気持ちの悪いやつだったなあ。ちょっと目を離した隙に突然カウンタの前へ現れて、復ちょっと目を離したら、今度は消えちゃうんだからなあ」

 腑に落ちない点は多多あった。併し、考えた処で詮無い。往々にして、異象に遭遇した人間は、それに無理やりの理屈づけをするか、異象を無視し、いずれ訪れる忘却の波へとすべてを委ねようとする。其際の二人も、そうした平俗的振舞いの顰みに倣うことにした。

 プルルルル、とフロントのインターホンが鳴った。

 機器との距離は武座馬の方が近かった。百貫デブ同僚とアイコンタクトをし、武座馬は受話器に手を伸ばした。

 <お客は居ねえハズだから、きっとアイツからだろうな>

 曩に述べた通り、其日は武座馬を含め、3名のバイトが出勤していた。

 ひとりはキッチンで雑誌を弄っている大学生同僚。もうひとりが百貫デブ同僚。最後のひとりが、自称バンドマンの、30過ぎた金髪ロン毛男であった。この自称バンドマン同僚は先だって「今日は時化っぽいから、おれはそこらをウロウロしてるよ。なにかあった呼んでくれい」と言い残し、客室方面へと姿を消していた。

 武座馬は受話器を取った。

「へい、フロント」武座馬は送話口に向かって言った。

「おお、武座馬か」案の定、連絡を寄越したのは自称バンドマン同僚であった「ちょっと来てくれよ。部屋がヤベーんだよ。マジでチョーヤベー」

「はあ、いったい、なにがそんなに ""ヤベー"" っていうんです」

「とにかくヤベーんだよ。マジで、チョーヤベー。204な、204。マジヤベー。お前と一緒に、もう一人連れて来てくれ。ヤベーよー」

 通話が切られた。

「一応訊くけど、今のは誰から? 」

 少しく顔を引き攣らせ、百貫デブ同僚が訊いてきた。先般の怪現象により、些少ながら不安を感じているのであろう。

 <デブのくせに繊細ぶってんじゃねえよ>

 そもそもが差別的な人間であった武座馬は、身の裡にて百貫デブ同僚を罵倒した。

「油井さんでしたぜ」

 内心の悪態を抑えつつ、武座馬は自称バンドマン同僚の名を告げた。

「そうか」百貫デブ同僚はホっとした表情を浮かべた「で、なんだって? 」

「204が ""チョーヤベー"" んですって」

「は? 」

「いやね、どうで些末事ですぜ。油井さんは馬鹿ですからねえ」

 そもそもが性悪であり、意味も無く他人を見下す地癖があった武座馬は言った。

「あの人は、とんだボキャブラリー貧困野郎だから、いつもちょっとしたことで ""ヤベー、ヤベー"" なんて言いやがるんですよ」

「でも、わざわざ連絡するくらいだしなあ」

「いやあ、どうで大したことじゃありゃしやせんぜ。馬鹿は概して大仰なんです。よくもまあ、あんな猿公めいた間抜けな頭で、バンドなんざやれたもんですねえ。まるで音楽に対する冒涜ですよ。恥ってもんが無いんですかねえ。ああいうのを夜郎自大、ないしは厚顔無恥っていうんでしょうなあ。まあ、馬鹿に人並みの廉恥心を期待するだけ無駄やも識れませんがね。もしかしたら、あの人は、手前のことを一丁前のアーティストかの如く、勘違いしてやがるのかも識れやせんぜ。まったく、馬鹿に限って己惚れが激しいですからねえ……あ、この言いは油井さんへ告げ口しないでおくんなさいよ」

「相変わらず、武座馬っちは口が悪いなあ」

「ふひひ。まあ、人手が欲しいとは言ってやしたんでねえ。そのリクエストを無視して、ヘソを曲げられてもかないやせんや。ちょっくら、成田のことを借りてきますぜ。フロントは頼んます」

「おう、了解」

 成田というのは、キッチンで雑誌を読んでいた大学生同僚の名である。

 武座馬はキッチンへ顔を出し、成田へ用向きを伝え、渋渋とする彼を半ば強制する形で204へと向かった。


[8]

「なにこれえ……」武座馬は呟いた。

 電灯が点けられた204の部屋裡には、赤黒色の液体が、そこら中へ飛散していた。壁、ソファー、機器にまで、赤黒い飛沫が掛かっている。白色のボックステーブルの上には多量の赤黒い液溜まりができ、それに浸かった歌本は、すっかり潤けてしまっていた。

「血ですか、これ。死体でもバラしたんすか」成田が言った。

「血じゃねえだろ、臭くねえし。それに、おれはなにもやってねえぞ」と油井。

 それを受け、武座馬が続けた。

「たしかこの部屋は、1時くれえに若いアベックが取払ってからは、ずっと空き部屋でしたがね。部屋の掃除をしたのはボクですが、そん時は、こんなことになっちゃいやせんでしたぜ」

「ああ、最後の客だろ」油井が応じた「あいつらイチャイチャしやがって、ムカついたわ。あーあ、おれも彼女欲しい」

 油井の言いを無視して、成田が訊ねた。

「で、結局なんなんすか、これ 」

 さあ……、武座馬と油井が同時に言った。

 皆、見当がつかなかった。

 油井が口を開いた。

「おれは廊下をウロウロしながら何度かこの部屋を覗いたけどよ、その時はなんも無かったぜ。おれは直ぐそこで煙草を吸ってたけど、誰もこの部屋には入らなかったしな。なのに吸い終わってから復、何気なくここを覗いてみたら、この有様だもん」

 部屋の外を顎でしゃくりつつ、油井は言った。

 204は、廊下の最奥に設えられた部屋であった。部屋を出て直ぐの処に出窓があり、そこへ灰皿が常置されていた。

「じゃあ、なんすか、これ」最前と同じことを成田が訊いた。

 さあ……、武座馬と油井も、復同じこと言った。

 少し間があって、油井が呟いた。

「気味悪いな」

「取り合えず片づけましょうよ」気怠そうに成田が言った「あと笹井さんに報告」

 武座馬が口を挟む。

「ボクはやりたくねえな。あ、報告のことな。笹井さんはえらい不機嫌だからよお。これだってボクがやったんでもねえのに、どうで八つ当たりで怒鳴られるに決まってらあ」

「じゃあ、報告は遠藤さんにしてもらえば好いじゃないですか」

 成田は苛立たしげに、百貫デブ同僚の名前を出した。

「武座馬さんは、インターフォンで遠藤さんに伝えておいてくださいよ。おれと油井さんは、掃除用具を持ってきますから」


[9]

 油井と成田がいなくなり、武座馬は独り、204へ残された。

 フロントへ連絡する前に、武座馬は、部屋裡の被害状況を仔細に見分することにした。赤黒い液体で汚された部屋は凄惨言語に絶す塩梅、武座馬の身の裡では、この怪現象への恐怖より、向後の片づけの手間を厭う、骨惜しみ感情の方が強かった。おそらくは、油井と成田も同じ心境であったろう。このウィアード・インシデントを目の当たりにした三人が最前に交わした、実に味気の無い遣り取りは、それを裏づけていた。

 <それにしても、この液体はなんだってんだ>

 稚気めいた好奇心を惹起せしめられ、武座馬はテーブル上の液体へと顔を近づけた。

 バァン!

 突然、なにかが破裂したような大きな音がして、同時、部屋の電気が消えた。

「ひぃ」

 をつかれ、武座馬は情けない声を出した。

 武座馬はハナ、停電したのかと思った。併し、ドアガラスの向こうに見える廊下では、電灯が煌煌としている。その明るさが、武座馬の考えを否定した。ドアガラス越しに暗い部屋へと差し込む光が、テーブル上に広がる赤黒い液体に反射、不気味な光輝を放つ。その輝きが、武座馬の背筋へ、冷たいものを走らせた。

 <とりあえず、部屋を出ちまおう>

 武座馬はドアの把手を引いた。ドアはビクともしない。武座馬は、軽ろきパニックを起こした。より力強く、把手を引く。

 ドアは開かない。

「油井さん! 成田! 助けてくれ! 」

 武座馬は號呼する。破壊しかねない勢いで把手を引き続ける。併し、誰も武座馬の叫びには応えない。ドアも、相変わらず緘黙。

 武座馬は半狂乱。何故、油井と成田は戻って来ないのか。悪戯ではないハズだ。こんなに部屋を汚してまで、厭がらせのようなドッキリを仕掛けるほど、連中はデスペラードな性分ではないはず。

 それに、それに……。そう、それに、気配が、

 否、

 確とした存在感が、先ほどから、ずっと、武座馬の後ろにある。

 居る。なにかが。

 振り向きたくない。後ろにはボックステーブル。

 そこに、居る。

 テーブルの上に、なにかが居る。

 <うしろに、なにかが、居る>

 武座馬は、ソレを見たくなかった。現実を認めたくなかった。

 ハナ、ドアは開かないと、判っていた。

 自分を現況へと置かせたソレは、振り向いてソレを認めぬ限り、決して部屋から出すつもりがないということ、そして、ソレを認めたが最後、えらい目に合うであろうことを、直感的に、理解していた。

 怖かった。故に、開かないと判っていながら、ドアとの格闘を続けた。

 油井と成田はやって来ないと判っていながら、ずっと叫び続けた。

「助けて! 誰か、助けて!」

 併し、その裡、武座馬はドアの把手を放した。力無く両腕を下げる。

 ヒトの手で、水を張ったビーカに落とされたマウスは、ハナ脱出の希望を胸に奮闘するものの、暫くすると脱出の不可能を悟って無気力となり、転帰、目に諦観の色を浮かべて、静かに水底へと沈んで往く。

 武座馬の姿は、それに似ていた。

 武座馬は背後の気配へと屈服した。後ろを振り向いた。

 テーブルの上に、副店長の笹井が仰臥していた。

「さ、笹井さん? 」武座馬は頓狂な声を上げた。

 笹井は応えなかった。

 武座馬はハナ、笹井が死んでいると思った。併し、笹井の胸が呼吸で小さく上下するのを見、彼が生きていることが判った。笹井は双眸を閉じ、静謐な眠りの海を揺蕩っている様子。穏やかな顔。曩にバックヤードで見せた面持ちとは、まったく以て様相を異にしていた。

 武座馬は不図、天井に新しい気配を感じた。

 仰向いた。

 天井から、蝋のように真っ白な手が、一本生えている。まるでそれ自体発光するかの如く、仄暗い部屋の裡、クッキリと浮かび上がっている。指の形からして、左手らしい。

 軽ろき悲鳴を漏らし、武座馬は腰を抜かした。

 白い手が、ゆっくりと伸びる。徐々に前腕、肘、上腕と露出。手はズルズルと伸び続けるが、上腕部分が延々と続くだけで、肩部は一向に出てこない。

 天井から伸び続ける手は遂に、テーブル上へ横たわる笹井の腹の上に到着した。

 笹井は相変わらず、静かに仰臥している。

 手は暫時、笹井の腹部を弄っていた。それからスーッと蛇の如く、笹井の胸の上を這うようにして、顔へと移動する。

 手が、笹井の目鼻立ちを確かめるように、顔面を撫でた。

 <止めてくれ……頼む、止めてくれ……> 武座馬は心中、手に向って哀訴した。

 手の出現で腰を抜かしてから、武座馬は体の自由が利かなかった。

 併し、それ自体はどうでも好かった。悪い予感があった。今から、間違い無く、恐ろしいことが、眼前で起こる。その予感が武座馬を悩乱せしめ、体の自由云々なぞ、二の次にさせた。

 転帰、予感は身の裡で確信となり、目の前で現実となった。

 手が、瞼が閉じられた笹井の左目の上へ、親指を据えた。

 手は、笹井の眼窩へと、親指を押し込む。ヌチャ、という厭な音がする。笹井の目尻から、涙のように血がサラサラと流れ出る。笹井は微動だにしない。手は、更に深く、親指を突っ込む。今度はミチュ、ミチュという音がする。

「ああ、気持ちいいなあ。ああ、気持ちいいなあ」

 人形のように沈黙していた笹井が、初めて口を利いた。

 どこか陶然とした口吻。

 笹井は微笑している。

 手が、笹井の眼窩から、ゆっくりと親指を引き抜く。ゴボボ、と血が溢れる。

 手が、反対側の目へと移動する。最前と同じように、親指を眼窩へと押し込む。

「ああ気持ちいいなあ。ああ気持ちいいなあ」

 恍惚げ。笹井が言った。

 両目を潰されたというのに、笹井の口元からは、笑みが消えない。

 手が、笹井の眼窩から、親指を引き抜いた。

 血で赤く染まった手が、笹井の喉元へ移動する。

 手が、笹井の首を絞め始めた。

 ミシ、ミシ、ミシ、と音がする。

 笹井の顔が、次第に青黒く変色する。

 目が潰れて、そこから血の涙を流し続けている笹井は、満足気に緩頬。

「しあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせ」

 笹井は言った。

 慄然としていた武座馬の頭を、なにかが掴んだ。

 なにかは、武座馬の頭を強制的に動かし、天井を見上げさせた。

 天井に、数えきれないほどの白い手が、生え出ていた。

 スルスル、スルスル。

 沢山の白い手が、ゆっくり、静かに、天井から、下がってくる。

 やがて、すべての手が、笹井の体の位置まで伸びた。

 ある手は笹井の足首、ある手は笹井の膝、肘、肩、指……沢山の白い手が、笹井の体の節節に触れる。そして、大量の手は、協力し合って、笹井の関節を、本来の可動域は別の方向へと、捻じ曲げた。

 バキバキ、メキメキ、笹井の体が、ひしゃげた。

「しあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせしあわせ」

 笹井が言った。

 いくつかの手が、笹井の頭部を掴み、他の手が、笹井の胴体を抑えた。

 笹井の頭が、蛇口ハンドルの如く、何回も何回も、グルグルと、捻じられる。

 ミチミチ、バキバキ、ボキボキ。

 グチャ。

 笹井の首が、ちぎれた。切断面から、血が、溢れ出た。

 複数の手が、笹井の髪を掴み、捥ぎ取った笹井の頭を、ぶら提げた。

 笹井の潰された目からは、相変わらず、血涙が流れている。

 笹井の表情が、少しく変化した。

 最前まで法悦げな表情をしていた笹井の顔に、少許たる困惑の色が浮かんだのを、武座馬は確かに認めた。

 笹井は大きく口を開いた。

「違う」

 空気が漏れるような声で、笹井は言った。

 武座馬は失神した。


[10]

 油井と成田にとってみれば、ことは奇態という他無かった。掃除用具を携え、204へ戻ってみれば、なぜか武座馬が床で伸びており、糅てて加えて奇妙なことに、最前まで部屋に撒き散らされていた赤黒い液体は、今やきれいさっぱりと消えてしまっていた。復、事情を訊こうと彼らが助け起こした武座馬といえば、意識戻りたれど語ること能わず、といった態であった。

 そもそもが割合に乙女気質であり、お花めいた可憐な人間であった武座馬は、おそらく、曩の酸鼻極まる光景にショックを受けたのであろう。口中にて舌が麻痺したように動かず、喉にもなにかが詰まった塩梅、一言も口を利くことができなかった。

「意味が判らねえな」

 油井は胡乱げな目で武座馬を見遣った。

「コイツは一言も口を利かないし、部屋は綺麗になってるし」

 武座馬は口が利けないまでも、身振り手振りで以て、先だって体験せしめられた恐怖のことを伝えようと躍起になっていたが、転帰、その一分すらも油井と成田に承知してもらえず、すべて徒労となった。

「さっきまでは、これだってビショ濡れだったんだぜ」

 油井は歌本を取り上げながら続けた。最前には赤黒い液体に浸かって潤けていた歌本は、水気ひとつ無かった。

「まあ、好いんじゃないすか。手間は省けたし」成田が言った「武座馬さんは部屋のこと、もう遠藤さんに連絡したんすか」

 武座馬はかぶりを振った。

「なら、尚のことっすよ。結局、なにも無かったんすよ。好いじゃないっすか、そういうことにしておけば。それに、さっきのは……そうっすね、まあ、あれっすよ、いわゆる、集団ヒステリーってやつっすよ。変な夢でも見てたんすよ」

「おお、それ聞いたことあるわ。前にUSOジャパンでやってた」

 <ちげえよ、えらいことが起こってたんだよ。ボクは見たんだ>

 武座馬はそう言いたかったが、やはり口は利けなかった。

 爾後、武座馬は度度思い識らされることになるのだが、神秘や異象を目撃した処で、それが大した影響を齎さない限り、実際の人間の態度対応というのはひどく冷淡で、えらい鼻白むものであることが殆どなのである。ただこれも少しく見方を変えてみれば、危うき未知へと不用意に近寄らぬための、人間の防衛本能めいたものなのやもしれぬ。

 閑話休題、其際に於き、油井と成田の二人は、考えた処でどうで詮方無いことは一切気に留めず忘れてしまおうという、実に現代的でプラグマティックな判断をした。

 武座馬といえば相変わらず一声も発することができず、独り完全なディスコミュニケーション状態へと陥り、転帰、学習性無気力めいた不貞腐れ根性を爆発させ、今や駄々っ子の如く腕を組んでは床へ座り込み、ソッポを向いて自分の殻に閉じこもっていた。

 プルルルル、とインターフォンが鳴った。

「ん? 遠藤かな、何だろ」

 油井が受話器を取った

「ハイ、204、油井……。……はあ? それで、おまわりと救急車は? ……とりあえず、そっち往くから待ってろよ」

 油井は受話器を戻した。

「どうしたんすか 」成田が訊いた。

 油井は一瞬、沈黙した。

 それから口を開いた。

「……笹井さんが死んでるって」


[11]

 百貫デブ同僚こと遠藤は、フロントに戻った3人を青褪めた顔で迎えた。

 遠藤は、離脱症状を起こしたドラック・アディクトかの如く、痙攣的な顫動を体に表していた。

「笹井さんは?」

 油井の訊き掛けに対し、遠藤は黙然として口を開かず、ただバックヤードの方を顎でしゃくり、そちらへ誘導するような目配せをした。


[12]

 笹井は幸福そうな笑みを面上へ浮かべ、バックヤードの床に仰向けで倒れていた。   

 心地好さげな莞爾たる表情。それはまるで、親の腕に抱かれた子どもの如く。

 併し、笹井の右首筋にできた裂傷と、そこから絶え間なく溢れ続けている血が、彼の死を証明していた。

 血の海ができていた。

 武座馬たち4人は、なるたけそれを踏まぬようにして、死体の側へ寄った。 

 バックヤードの白い壁に、血飛沫が掛かっていた。

 笹井の右手には、刃の出たカッターナイフが握られている。

 笹井の右手にも、カッターナイフにも、血がついている。

 武座馬たちは、ただ凝と、笹井の死体を見つめることしかできなかった。

「自殺しちゃったのか」油井が口を開いた。

 遠藤が、チラと油井の方を見た。

「おれは……ずっと……フロントに……居たんだ」

 訥々と遠藤は言った。

「急に……笹井さんの声が……すごく、大きな笑い声だったんだ……それが……あまりに異様だったから……」

 些か、噛み合わない返答。

 須臾の沈黙を挟み、油井がボヤくように言った。

「なにも、こんなひでえ死に方しなくても……」

 実際、凄惨な死にざまであった。

 併し既述の如く、当の笹井の死顔は、該状況に不適当なほど、穏やかなもの。そこには、苦痛の人生を捨てることで漸く手に入れた精神的安寧への充足感が、明らかであった。

「これ、遺書なんすかねえ……」成田が呟いた。

 はがき大の紙が、血の海に浮いていた。

 紙には、ミミズがのたくったような黒字で


 ""おんちょう ささいみきお""


 と書かれていた。 

 遠藤が、武座馬に向かって怖気を含んだ眼を向け、直ぐに逸らした。

 武座馬は相変わらず、口が利けなかった。

 誰も喋らなかった。

 床へ広がった血と脂の海が、じわじわと朱殷の領域を伸ばし続けた。

「嘘だろ、夢だろ、これ、なあ」

 油井が言った。

「否かな、夢幻にあらず」

 誰かが言った。

 4人は互いに顔を見合わせた。

 皆の顔が、滑稽なほど急速に青褪めた。

 声は、笹井の死骸を囲む4人の後方、バックヤードの入り口から聞こえた。

 示し合わせたかの如く、4人は一斉に、そちらを振り返った。

「あ」

 遠藤が声を漏らした。

 バックヤードの入り口、頭を短く刈り込み、黒いローブのようなものを纏った男が、立っていた。饐えた臭いが、武座馬の鼻を刺した。そこにいたのは、曩にフロントへ現れ、急に姿を消した、あの男であった。

 併し、最前には能面めいた表情をしていたその男は、今や口が裂けんばかりにニタニタと笑い、口裡に白く鋭い歯並びを表していた。その目には獰猛な光りがあった。

 武座馬は、斯く男の様子に、悪意を感じた。

 同時、曩まで麻痺していた武座馬の舌が、解放されたかの如く軽やかとなり、喉の詰まりも、解消された感があった。

 武座馬の喉に力が入り、舌が軽ろき痙攣をした。 

 武座馬は、なにかを喋ろうとしていた。

 併し、それは武座馬の意図する処ではなかった。

「いと高き者、なやめる霊魂たましいの哀慟せるを確とみそなわし、仁慈を以て彼をあしらい給わん」

 武座馬の舌と口が、本人の意思とは関係無く、勝手に動いた。

 油井、成田、遠藤が、驚いて武座馬を見た。

 男は相変わらずニタニタとしていたが、武座馬の様子を見ると更に口角を上げ、さも満足といった態で何度も頷き、両手を掲げ、天を仰ぐ姿勢を取った。

 瞬間、まるでテレビのチャンネルが切り替わるかの如く、男の姿は消えた。

 併し、笹井の死体と、バックヤード中に散飛した血は、消えなかった。

 出血により、笹井の死顔が青黒く変色していた。そのせいか、従前まで笹井の面上へ浮かんでいた穏やかで満足げな表情に、翳が射した感があった。

 武座馬は確かに、死体の表情に変化を認めた。

 喩えるならそれは、親から約束を反故にされた子どもの顔であった。

 泣き出す寸前、困り笑いめいた子どもの顔。

 絶望を悟りながら、それを認めたがらない顔。

 冗談でしょう? 本当は、ちゃんと約束を守ってくれるんでしょう?

  媚びるような、縋るような、無力な顔。

 つまる処、そこにあったのは、期待を裏切られた者の顔だった。

「死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利」

 相変わらず武座馬の舌が、やはり武座馬の意思とは関係無く、勝手に動き続けた。

 <なんとかしてくれ! 助けてくれ! >

  武座馬は愁訴の瞳を他の3人へと向ける。

 だが彼らは、ただ呆然と、奇矯な言辞を弄し続ける武座馬のことを眺めている。

「死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利」

 <助けて! お願いだ! 助けて! >

 誰も、なにも、できない。

「死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利死の勝利」

 足元で、すべてを呑み込まんとするマグマの如く、血の海がじわじわと広がる。


〈了〉







 

 

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