2-7 seven

 一人目の顔は覚えてない。樺音に長銃をくれたその人は、すぐに背中を撃たれて死んだ。


 二人目はいつも怒ってた。樺音以外のみんなとはよく笑ってたその人は、樺音の知らない飲み会の帰り道で脳を盗まれて死んだ。


 三人目とは仲良かった。面白くて優しかったその人は、樺音が貰ったコーヒーを横取りして飲んで血を吐いて死んだ


 四人目からロザリオをかけ始めた。これ以上体に十字架が増えませんようにって願ってた。でも死んだ。二十八等分されて。


 五人目に求めたのは強さ。何があっても死なないって人を選んだと思う。あの人は偶然澱みに入って廃人になって、二日後に自分を串刺しにして死んだ。


 六人目こそ守ろうと思った。危険なもの全部樺音が倒して、大事に大事にしようって。あの子は薬物中毒で死んだ。一瞬だった


 ジェニーをどうすればいいのか分からなかった。ジェニーはまだ十四才なのに樺音より強くて、抱えるものも重かった。おまけに島育ちだった。


どうしたらいいか今でも分からない。けどいつの間にか二年経ってた。忘れよう、と思ってた名前も覚えた。樺音は夢も自分もふわふわしてるけど、ジェニーは二つともしっかりしてる。この子の夢を初めての夢にしてもいいと思った。今日、同じ年頃の子と接するジェニーはなんか不思議だった。シモンさんの為に予定を早めたりしちゃって。ジェニーは生きるべきだ。樺音なんかより、ずっと。


 樺音の体のあちこちに彫られた十字架が、熱を帯びる。樺音は願う。祈る。信じる。銃弾は真っ直ぐに飛んでいく。


 六人もバディを死なせてきた。痛みを知るのは自分だけで良かったのに。業は積み過ぎるほど積んできた。だから一回くらいこんな無茶な願いが叶うはずだ。叶う、叶うんだ。どうか、どうか、樺音の命と引き換えに――


 拳が思い切り振り抜かれ、巨人の九つの口が快哉を叫んだ。鮮血が飛び散り、天井が鈍く濡れた嫌な音を立てる。巨人は手を叩き、足踏みし、あらゆる手段で勝ち誇る。舞い上がった灰色の粉塵ふんじん血霞ちがすみが溶け合わさってゆく。巨人は最後に再びビル全体が揺れるような歓喜を叫び、天井に向かって拳を振りかぶった。


 突如頭上に黒い影。銃声と共に二つの目玉が爆ぜた。歓喜の声が悲鳴に変わる間もなくまた銃声が響く。響く、響く響く響く――銀光が次々と一つ一つ丁寧に、恐怖に充血した二百十六の目を貫いていく。かすみを引き裂いて現れた褐色の肢体が、巨人の醜悪な頭に絡み付き、一気に喉を締め上げた。ジェニーは金髪を躍らせ、バタつく巨大な手をひょいひょいと器用に避けながら、冷徹に両手の引き金を引いていく。飛び散る泥色が彼女の頬に、体に飛び散る。喉から絞り出すような悲鳴はまだ続いている。


「ぎゃーすかぎゃーすかうっさいなお前殺すのに集中できないじゃん」


 無造作に九つの口の一つに拳銃を突っ込んで連射する。その間ももう片方の手は巨人の顔面を穴だらけにしている。あれだけたくさんあった眼が、もう二、三個しか残っていない。それすらもすぐに撃ちぬかれ、また苦悶の声が上がった。


「そっちから奇襲仕掛けた癖に、自分が奇襲される覚悟はなかったんだ?」


 二丁拳銃で巨人の口を破壊しながら淡々という。タスケテという声を潰す。


「お前がそれ言うんだ? 一番それを言いたかったのは、叫びたかったのは、樺音なのに」


 盛んに動いていた手がだらんと垂れるに至るまで、ジェニーの銃撃は続いた。ぐらりと傾いた身体からジェニーは身軽に飛び降りる。巨大な抜け殻は重厚な響きと共に大の字になって倒れ伏し、埃を巻き上げる。その右掌に刻印された紋章を見て、ジェニーは舌打ちして目を逸らす。もう動かない胴体に数発撃ち込んだ。泥色が跳ねる音。ジェニーは銃をくるりと回し、腰のホルスターにしまおうとして、軍服がもうないことを思い出す。仕方がないのでレギンスの腰元に突っ込んだ。ため息を吐いて天井を見上げる。樺音と目が合う。


「あたしなら勝てるって?」


 返事はない。


「じゃあ奇襲なんてまどろっこしいこと仕組まなくてよかったのに。もっとあたしの実力信じてくれてもよくない?」


 返事はない。


「それともあたしを生かしたかったの? 怪我無く返したかったの? あんたアレ使ってないよね。どこやったの。使ってればあんたも助かっ……」


 言葉が詰まる。胸を押さえる。銃弾を感じる。もう返事を待たない。


「お人好しバカのくせにさ。こんな吐きそうな思い六回も味わってんだったらさ、他人にこんな思いさせないようにしようって、一度でも思わなかったわけ?」


 ばーかっ――震える声ががらんどうに反響する。それに交じって遠くから響く支部長の咆哮を、ジェニーの耳は捉えた。


「……行かなきゃ。」


 ブーツを鳴らして大穴の淵に立つ。


「あんたとの二年、けっこう楽しかった」


 呟いてジェニーは目を閉じる。殺さなきゃいけない奴らが、今日もっと殺さなきゃいけない奴らになった。脳裏に巨人の手の平の紋章が閃く。三つ斜めに並んだJ、Jブラザーズ。


「……ころしてやる」


 ほむらを吐いて、ジェニーは奈落へ飛び込んだ。

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サイケデリックドリーマー 蛙鳴未明 @ttyy

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