第百二十九話 和平への道

 南方での最後の戦となるであろう第四次侵攻の準備に追われつつも、スペインとの和平に向けての準備も進められている。

 事実上一方的な勝利となっている現状を踏まえて、その条件は強気なものであり、スペインにとってなかなか受け入れ難いものとなるはずであった。

 現在占領されているフィリピンの他に、スラウェシ島と香料諸島の全て、さらにはボルネオ島と小スンダ列島までも日本の支配を要求する内容となっている。

 それに加えてマニラとアカプルコの間を二つに分けて、中央より西の島は日本の領土として認めることも要求されていて、太平洋を分割する事までも盛り込まれた内容だった。

 

 具体的には双方知る由もないが東はサモアやトンガ、ミッドウェー付近までが日本領として認められることとなり、西は小スンダからボルネオ島とその周辺諸島を領有することとなる。

 とはいえ、自分の生きている間にミンダナオ島ですら日の本のものになるか不透明であり、その他の東南アジアの領有や太平洋の島々の探索などは不可能であると考えてもいて、実際に支配権が及ぶなどとは考えてもいない。

 将来の日本に対する贈り物といった側面が強く、領有を宣言する小スンダの島々であっても、現実的にはマカッサルを中心として交易を行い、各島に日本人の住む村の一つでも建てば上出来とすら思っている。

 

 スペインにとっては、ファリピンはもはや取り返せないものであり、その他の条件にしても自らの手にあるものではなく属国であるポルトガルの持ち物であるか、誰も手に入れていないものであった。

 つまりは大半が失ったところで懐の痛まないものであり、一見大きな要求に見えるが実質的にスペインが失うものは多くない上に、実質的に呂宋島とその周辺を支配しているに過ぎない日本がそれらの地を獲得する為には継続した負担が必要であり、日本をそれらの地に縛り付けられると考えることもできる内容にもなっている。

 彼らが警戒しているマラッカやインド、中国への進出は秀持の言葉を借りれば「人が多すぎる」と価値を見出しておらず、真意が伝わることはないだろうが、日本領はここまでであると表明する意図も込めている。

 スペインにとって香料諸島への接続を失うことは大きな痛手であり、和平を阻みかねない要素であったがそれに対しては香辛料の優先的な交易権を与えることで解決しようと考えていた。

 

 それに加えて、マニラとアカプルコ間のガレオン交易の再開、マカオと長崎や堺といった都市との正式な交易の再開といった内容も盛り込まれている。

 ただし、交易相手としてはスペイン船のみを許し、引き続きポルトガル船の入港は拒否する方針は変わっていない。

 この事はスペインにとって一方的に不利なものではなく、今回の戦争で常時マカオにスペインの司令部を置いたことで明の役人たちとスペイン人の関係が強固になっていて、フィリピン陥落後は民間人も含めてマカオに居住するスペイン人が増え、居住権も獲得してスペインの影響力が強まりポルトガルの力は衰えつつあった。

 ゴアやマラッカといった地は未だにポルトガルの影響が強いが、マカオに関してはスペインの手に内に転がり込む公算が強い。

 マカオで明から購入した絹や陶磁器を、ポルトガル商人の手に渡して日本に売れずにヨーロッパに運ぶより、スペイン商人が日の本と交易した方が良いという判断もそれを加速させるはずだった。

 ポルトガルが持つマラッカ以西の交易品をマカオでスペインが購入して売り捌けば大きな利益を生むとスペインは感じ、和平を結びやすくなるだろうという思惑もスペイン優遇の理由となっている。

 

 ともにこれから衰退していく帝国であるが、スペインが持つアメリカ大陸の金銀は魅力的であり、少なくとも今後二百年程はアメリカ大陸に君臨し太平洋の反対側に位置する点でも交易相手としては申し分なかった。

 逆にアメリカ大陸の東側やアフリカ大陸に植民地を持つポルトガルとは地理的な要因で交易の旨味がなく、インドやマラッカに植民地を持つとはいえ、何かが欲しければポルトガルではなくその地の王国と直接交易してしまえばよいことから大きな価値を見出していない事も理由であった。

 スペインの一時的な日本との交易の独占は、和平を結ぶための一時的な措置だと考えており、後にアジアに参入してくるであろう英国やオランダとも交易を行うつもりであったがその事は口に出してすらいない。

 第四次侵攻を前に和平交渉にあたらせるべく、以心崇伝を中心とした使節団に和平案を提示した際もそれは変わりなかった。

 そして何より戦の原因となった宣教師による布教や奴隷貿易についての謝罪は和平案に盛り込まれていなかったし、必要としていなかった。

「同じことをすればどうなるかは身にしみたであろうし、謝罪をさせて恨みを残す必要もあるまい」というのが理由であった。

 スペインに伝えられるのは「戦の後は交易を望む」という言葉との和平の条件だけだった。

 

 一方のスペインがというよりパルマ公アレッサンドロが和平について考えている事は、スペインはアジアを失ったという事実と、それでもなお残ったアジアでの利益を守るべく和平を締結しなければならないということであった。

 領地を得て拡大するであろう日本に対する懸念は大きくはない。

 自らがここ数年嫌になるほど経験したことが、日本にも当てはまると確信しているからだった。

 スペインという大帝国が中継する港を各地に持ってすらアジアで兵力を投入できなかったように、いかにアジアで巨大な国が誕生しようと、ヨーロッパに兵を向けることはできない。

 

 それに加えて戦争を継続できる時間が少なくなっていることもある程度不利な条件であっても和平を行うべきという結論を後押ししている。

 商人たちは戦争が自分たちの利益を失わせている大きな要因だと信じて交易の再開を要求していたし、それは事実でもあった。

 これまでの貿易によって溜め込まれた資金は、今回の戦争で大きく目減りしたにも関わらず、何の成果も生み出していなかったし、マカオの城塞は大きくなったがそれは明の役人を肥え太らした以外の変化を今のところもたらしていなかった。

 

 積極的な海賊行為を行って、日本の補給を崩壊させる案も出たが敵の予想以上の海軍力を目にして中止に追い込まれている。

 援軍を期待できないスペイン軍にとって、船の喪失は致命的であり、何よりもアレッサンドロとその配下たちは陸戦で名声を得た者たちで、海戦に対する理解が乏しかったのが原因だった。

 消極的な作戦によってフィリピンで受けた損害以外は被ることがなかったが、それが今の何もできずにマカオにこもり続ける現状を生み出していた。

 

 唯一の希望となっているのは、敵の動向から次なる標的がマカッサルである公算が高く、要塞化を施したかの地で日本に大きな出血をもたらす事ができれば、多少なりとも有利な和平が結べる可能性が生まれてくるということだけであった。

 そしてそれは万が一にべもなくマカッサルが陥落すれば、さらに譲歩をした和平案を飲むしかないことも意味していた。

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太閤二代記 斑クモ猫 @madarakumoneko

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