最終話 卒業しても
卒業を間近に控え、生徒指導室でテーブルをはさんで座る横山
「えーっと、わたし、また何かしちゃいましたかね?」
「いや、そういうわけじゃない。おまえはいい子にしてるよ」
「そうですよね。良かった~」
(いい子過ぎて、呼び出す理由もなかったんだよ。ちょっとくらい問題起こしてくれてもいいのに)
心の中でつぶやく横山。
「改めて、医療大学の理学療法学科、合格おめでとう」
「ありがとうございます! きちんと身体のことを勉強したいと思ったので、合格できて良かったです」
「頑張ったもんな。きっとマッスルお兄さんも
「そうですね」
「生徒指導室に呼び出すのもこれが最後だろうな」
「さすがにもう問題は起こしませんよ。わたしだって成長してるんですから」
「そうだな。最初は、なんて無茶苦茶なやつだと思ったけど、ずいぶんおとなしくなったよなあ」
「俺のおかげだとか思ってませんか?」
「そりゃそうだろ。どんだけ苦労させられたと思ってるんだ」
「う、すみませんでした。反省してます!」
一色が頭を下げる。
「べつに謝ってもらいたくて呼び出したわけじゃないからな。ほら、おまえ、重度の筋肉フェチなのにずっと我慢させてただろ? このまま大学に行ったら、一気に欲望が解放されて、犯罪にでも走るんじゃないかと思ってな」
「ひどい。なんてこと言うんですか! わたしはそんな見境のない女じゃありません! それに、たまに触らせてくれたじゃないですか」
もじもじする一色。
「へ、変な言い方するな! マッサージな、マッサージ。あれは俺も気持ち良かったし、肩揉むくらいでおまえのストレスが発散できたなら良かったよ」
「もちろんあれくらいじゃ足りませんから、祖父の持ってるDVDでプロレスやカンフー映画を観て我慢しましたけどね」
「おまえの筋肉に対する欲望には感心するよ」
「そんなあ」
「褒めてないからな! そんな欲求不満の一色に提案なんだが、うちの道場で空手を習ってみないか?」
「空手? わたしがですか?」
「無理にとは言わないが、格闘技に興味があるなら自分でやってみるのも面白いと思うぞ」
「もちろん興味はありますけど、わたし運動神経よくないんですよぉ」
「それは大丈夫だ。空手は体幹が鍛えられるし、運動神経もよくなるぞ。おまけに、道場のなかは筋肉祭りだ!」
「筋肉祭り!?」
「そう。ムッキムキの筋肉だらけ。よりどりみどりだぞ!」
「なんと!」
「どうだ? 気になるだろ」
「そんなこと言われたら気になるに決まってるじゃないですか!」
「フッ、安定の変態だな」
「でも、いいんですか? 元教え子が道場の生徒だなんて、やりにくくない?」
「全然。おまえだしな」
「それどういう意味ですか?」
ほっぺたを膨らませる一色。
「悪い意味じゃないぞ。おまえには全部バレてるからカッコつける必要もないし……楽なんだ、おまえといると」
「それって卒業してからも会いたいってことですか?」
「なっ、そんなこと言ってないだろ」
横山の顔が赤くなる。
「言ってるも同然ですよね?」
「うるせえ。顔、覗きこむな。……で、どうなんだよ」
「えー、どうしよっかなあ――なあんて、行くに決まってるじゃないですか」
「じゃあ、卒業したら見学に来いよ。祖父にも紹介するから」
「いきなり!?」
「え、べつにいいだろ」
「ま、まあ、やぶさかではありませんが。そうだ、連絡先教えてくださいよ」
「そうだな。えーっと、どうやるんだっけ?」
一色に教わりながらラ〇ンを交換する。
「フフ、これからもよろしくお願いしますね」
「おお、ビシビシ鍛えてやるから覚悟しとけ」
「もうちょっと甘いセリフ言えないんですか?」
「――これからもずっと一緒にいようぜ、子猫ちゃん」
* * *
数年後の生徒指導室。
テーブルをはさんで向き合う、横山新と横山沙羅。
「懐かしいなあ。ね、
「俺は今でもたまに使ってるけどな」
「わたし以外の女の子と二人きりなんて焼けちゃうなあ」
「心配するな。
「失礼ねえ。その変態を好きになったんだから、新も相当な変態では?」
「否定できないのが辛いな」
「あの頃は、ここに来るたびに新のこと好きになってたなあ」
「俺もだよ。不思議だよな、変な会話しかしてないのに」
「新が色目を使ったからでしょ」
「は? そんなもの使った覚えはないぞ――って、これ最初にした会話か」
「正解。あの日から始まったんだよね」
「おい、どこ触ってる」
「いいじゃない。もう夫婦なんだし」
「場所をわきまえろ。
「そういえば、権田原先生ずいぶん変わったね! びっくりしちゃった」
「太り過ぎだって生徒たちにバカにされたのが悔しかったみたいで、筋トレ頑張ったんだと」
「なんか、マッスルお兄さんに似てたかも。ほら、権田原先生も濃い顔してるし、身体つきもゴリマッチョで――どうしたの?」
「べつにぃ。良かったな、初恋の人に似てて」
「あらあら、ヤキモチですか?」
「ふん」
「言っとくけど、わたしが新と結婚したのは、たとえ中年太りでタプタプの身体になっても愛せると思ったからだからね……なによ、その顔」
今にも泣き出しそうな横山。
「いや、まさか沙羅からそんな言葉を聞けるとは思わなかったから」
「感動した?」
沙羅が顔を近づける。
「うん」
テーブル越しにキスを交わす二人。
「残念。長椅子はもうないのね」
「あったら何するつもりだ」
二人はクスクスと笑いながら、一緒に生徒指導室を出ていく。
完
――――――――――――――
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筋肉フェチの一色さんと横山先生 「G’sこえけん」参加作品 陽咲乃 @hiro10pi
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