第5話 マッスルお兄さん

 またしても生徒指導室でテーブルをはさんで座る、教師の横山あらたと生徒の一色いっしき沙羅さら


「一色、ここは教師が生徒を呼び出す場所であって、おまえが俺を呼び出すのはおかしいってわかってるか?」


「ううっ」


 突然、泣き出す一色。


「おい、どうしたんだ? まさか、イジメられたのか!? やっぱり筋肉好きの女子高生なんて気持ち悪いって言われて、体操服汚されたり教科書破られたりしてるのか!?」


「ち、ちがっ」


「正直に言ってみろ。俺が絶対守ってやるから!」


「ちがうのぉ。ま、ま」


「ママ?」


「マッスルお兄さんが死んじゃったのぉおおお」


「へ?」


「うっうっ。まだわがいのにぃ」


「なんだ、驚かすなよ」


「なんだってなんでずがあ」


「あー、ごめんごめん。おまえにとっては大事な人だもんな。ほら、顔拭け。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだぞ」


 ティッシュの箱を手渡す横山。

 鼻をかむ音が響く。


「若いって、何歳くらいだったんだ?」


「ろ、ろくじゅう、ご」


「え、65? まじで? おまえが幼稚園のとき、まだ現役だったんだよな。てことは、今から12年前って考えても……当時53歳⁉︎  それでお兄さんって、すげえなマッスル! あ、悪い。つい興奮しちまった……まあ、元気だせ。65なら、そこそこ生きた方なんじゃないか?」


「うわーん!」


 慰めの言葉をかけても、一向に泣きやまない一色。

 

(まいったな。これじゃあ俺が何かしたみたいじゃないか。どうやったら泣きやむんだ…………気が進まないが、アレしかないか)


 ガタッと席を立つ音。

 マッスルお兄さんの声色を真似た横山の声が聞こえる。


「ヘーイ! どうしたんだい、子猫ちゃん。そんなところで泣いてないで、俺の胸で泣きな! アンとメリーも待ってるぜ」


「そのセリフは……」 


 泣いていた一色が顔を上げると、衝立の後ろで横山が両手を広げていた。


「おいで、子猫ちゃん!」

「マッスルお兄さ―――ん!!」


 子どものように飛びつく一色を受けとめる横山。


(よし! マッスルお兄さんの定番のセリフだから効いたな。ネットで動画見といて良かったー)


「アン……メリー……」


 マッスルお兄さんの大胸筋の名まえを呼びながら、横山の胸を揉む一色。ちなみに、右がアンで左がメリーだ。


「こ、子猫ちゃん。あんまり強くもまないで……アッ。こら、つまむんじゃない!」


 横山に叱られ、我に返る一色。


「な!?」

「どうした、子猫ちゃん」

「わー!」

「泣き止んだか、子猫ちゃん」

「降りる! 降りるから離してー!」


 一色はジタバタしながら横山の手から逃れる。ブハハと楽しそうに笑う横山。


「ちょっとは元気になったか?」


「すみません……」


「ショックなのはわかるけど、もう泣くなよ」


「はい……そうだ! お葬式に行きたいから忌引きびきにしてもらえますか?」


「忌引きは3親等までだ。ていうか、そもそも親族でもないだろ!」


「でも、行きたいです!」


「おまえ、今まで無遅刻無欠席なのに、いいのか?」


「うっ、それは……」


「休日じゃなきゃ諦めろ。マッスルお兄さんだってきっとわかってくれるよ」


「……そうですね。『勉強は大事だぞ』って、いつも言ってましたから」


「そうか。惜しい人を亡くしたな」


「はい」


 二人はマッスルお兄さんを想い、静かに手を合わせた。


「ありがとうございます。付き合ってくれて」


「ん?」


「高校生にもなってバカだなって、家族にだって呆れられてるのに、先生はいつもちゃんと話を聞いてくれるから」


「まあ、担任だからな」


「……それだけですか?」


 二人の熱い視線が絡み合う。


「……それだけじゃないって言ったら、どうする?」


 思いがけない返しに動揺する一色。


「そっ、そろそろ帰らないと! すみません、押しかけてきちゃって」


「いや……」


「じゃっ、さようなら!」


 バタバタと走り去る足音に続いて、扉が強く閉まる音。

 扉の中と外で、二人の長いため息が重なる。




―――――――――――――――――


次が最終話です。









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