第4話 マッスルカフェ

 生徒指導室でテーブルをはさんで座る、教師の横山あらたと生徒の一色いっしき沙羅さら


「一色、なぜここに呼ばれたのかわかるか?」


「全然わかりません。放課後の筋肉観賞も、サラリーマンを双眼鏡で見るのも、男子のマッサージもやめたのに、またしても呼び出されるとは心外です」


「そうか。約束を守ってるのは偉いぞ」


「えへへへ」


「今回は文化祭の件だ。クラスの出し物が〈マッスルカフェ〉に決まったんだって? しかも一色のごり押しで」


「え、ごり押しじゃないですよ。誰も出し物について意見を出さないから、マッスルカフェはどうかなって提案したら、みんなノリノリで賛成してくれたんです」


「そうか。悪かったな、勘違いしてた。だがなあ、おまえの特訓についていけず、脱落者が続出してるらしいじゃないか」


「だって、仮にも〈マッスルカフェ〉と名乗るからには、完璧な筋肉でお迎えしないとお客様に失礼じゃないですか」


「まあ、おまえの言うことも一理あるが……」


 横山がポケットから一枚の紙を出す。


「ここに毎日の筋トレの内容が書いてある。フロントブリッジ1分を3セット、プッシュアップ20回3セット、バイシクルクランチ 20回3セット、スクワット20回5セット」


「他にもバックエクステンションやヒップリストなど色々ありますよ」


「一色、普段運動してないやつらがこれを毎日やるのはきついと思うぞ」


「えー、そうですかあ」


「悪いが、マッスルカフェは諦めてくれ。クラスの皆は普通のカフェでいいそうだ」


「……わかりました。残念ですが、中途半端な筋肉をお見せするくらいなら、その方がいいかもしれませんね」


「よし、決まりだな。ふう、良かった良かった。もう帰っていいぞ」


 じとっとした目で横山を見つめる一色。


「なんだ、どうした?」


「まだ、お願いごとをしてないです」


「……今回はいいんじゃないの?」


「駄目ですよ。またわたしだけ我慢させられるんですから」


「それは……しょうがない。今度は何をすればいいんだ?」


「ちょっと、筋トレしているところを見せてください」


「え、ここで?」


「はい。まだ先生の筋肉が躍動しているところを見てないので」


「まあ、それくらいなら……腕立て伏せでいいか?」


「はい! あ、シャツの袖は上の方までめくってくださいね。上腕三頭筋じょうわんさんとうきんの動きが見たいので」


 横山はため息をつきながら袖口のボタンをはずし、半袖になるまで袖をめくる。

 

「おうっ! 初めての上腕二頭筋と上腕三頭筋、実にいい!」


「まったく、この変態娘め。ほら、始めるぞ」


「はい。30回ほどお願いします!」


 横山が腕立て伏せを始めると、一色が色々な角度からスマホでバシャバシャと写真を撮る。


「こら、写真を撮るんじゃない」


「顔は絶対撮りませんから。身体だけ! 筋肉だけです! 門外不出にするので許してください!」


「おまえ、覚えてろよ」


(そう言いながらも、スマホを取り上げたりせず、律儀に腕立て伏せを続けるとこ、ほんと好き。

 30回くらい全然平気そうだなあ。もっと苦しげな表情も見たいから、せめて100回くらいにしとけば良かった。

 ああ、あのバッキバキの筋肉! おっぱい触らせてあげたら上腕三頭筋触らせてくれないかな)


「おい、なんか妙なこと考えてるだろ」


「いえ、べつに」


「……29、30っと。ほら終わったぞ」


「ふへへ、ありがとうございます。永久保存させていただきます。あ、これで汗を拭いてください」


「ああ、悪いな」


 一色が差し出したハンカチで汗を拭く横山。


「洗って返すから」


「いいですよ、そのままで」


「それはなんかやだ」


「まさか、わたしが汗のついたハンカチをそのままとっておくような変態だと思ってるんですか? ひどい! 偏見です。抗議します!」


「おまえが変態だってことはもうバレてるんだから、今さらだろ」


「えー」


「フッ。まあ、マッスルカフェがなくなったのは残念だろうけど、みんなと一緒に文化祭を楽しめ。筋肉もいいが、友だちと思い出を作るのも大事なことだぞ」


「わ、なんか先生っぽい」


「先生だからな」


「そういえば、先生は『くだらないことばっかりしてないで、もっと勉強しろ』とか言いませんよね」


「勉強に関してうるさく言う必要ないだろ。おまえが頑張ってるのは知ってるからな。ちょっと変態だが、おまえはいい生徒だよ」


 横山に頭を撫でられ、一色の顔が赤くなる。


「おっと、こういうのも駄目なんだっけ。女生徒の扱いは難しいな」


「じゃあ、生徒じゃなくなったら……」


「え?」


「いえ、なんでもないです。そろそろ失礼しますね」


「ああ、気をつけて帰れよ」

 

 ドアが閉まる音。

 一色を見送ったあと、動揺を露わにする横山。


「生徒じゃなくなったらって、どういう意味だよぉおおお」



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