第3話 セクハラですか?

 生徒指導室でテーブルをはさんで座る、教師の横山あらたと生徒の一色いっしき沙羅さら


「一色、なぜここに呼ばれたのかわかるか?」

「わかりません」


 大きなため息をつく横山。


「ここのくだり、もう三回目だな」


「いい加減にして欲しいですね」


「それはこっちのセリフだ」


「今度は何ですか?」


「おまえ、だんだん図々しくなってきたな。今度は、一色が男子生徒に対してセクハラをしているという訴えがあった」


「セクハラ?」


「ああ。何か思い当たることはあるか?」


「うーん」


 しばらく考える一色。


「もしかして、マッサージのことかなあ」


「聞くのが怖い気もするが、なんだ? そのマッサージって」


「わたしも高二ですし、そろそろ将来のことも考えなきゃいけないじゃないですか」


「まあ、そうだな」


「それで、スポーツマッサージの資格とか取っておけば、筋肉に携わる仕事につけるんじゃないかと思ったんです」


「なるほど。まさに天職だな」


「ですよね? で、まずはプロの腕を体験しようと、スポーツマッサージのお店に通ったんです」


「なかなか勉強熱心だな」

「えへへ」

「それで、どうだった?」


「素晴らしい体験でしたよ。スポーツマッサージの主な目的は疲労回復なんですね。  

 筋肉に刺激を加えて血液循環を良くすることで、疲労物質を体外に排出させ、疲労を起こりにくくするんです。

 筋肉にとっては、力を入れすぎず、気持ちいいと感じるくらいの力加減がいいんですって。マッサージしてくれた先生に聞いたら、色々と教えてくれました」 


「話の流れから推測すると、男子生徒に対してスポーツマッサージを行ったってことか?」


「べつに、男子を狙ったわけじゃないですよ? 運動部の女子に試しにマッサージをしてあげたら、思ったより評判が良くて、希望者が増えてきたんです。そこにいつのまにか男子も加わってたって感じですかね。

 もちろん、素人ですからお金は取ってませんよ。あくまでもサービスです」


「なるほど。そういうことか」


「だいたい、頼まれてマッサージしてあげたのに、セクハラって言葉はおかしくないですか? 本当は皮膚に直接触れた方がいいけど、服の上からしか触ってませんし」


「確かにセクハラではないな」


「でしょ?」


 嬉しそうな一色。


「だが、誤解を受ける可能性が高いから、今後は男子のマッサージはやめておけ」

「ええー、勉強になるのに」

「頼むよ。問題になると色々と面倒だしさ」


 横山に拝まれ、一色の目が光る。


「しょうがないですねえ。じゃあ、先生が代わりにマッサージを受けてください」

「くっ、またこの流れか!」

「フフ、学習しましたね。ではさっそくですが、そこの長椅子に横になってください」


 衝立の陰にある背もたれのない長椅子を指差す一色。


「ささ、どうぞ、センセ」

「仕方ない。ただし、脱がないからな!」

「はいはい。しわになるからスーツの上だけ脱ぎましょうね」

「くっそお。なんか負けた気がする」


 上着を椅子にかけ、長椅子にうつ伏せになる横山。

 一色は中腰の姿勢で、横山の腰から肩にかけて、手のひらでさすっていく。


「ああ、思った通り、広背筋こうはいきんも素晴らしい! わたしの理想です」

「なに言ってんだ」


 一色は両手を使って肩から腰へとマッサージする。


「へえ、上手いもんだな」


「そうでしょう。手のひらの付け根を使って押すんですけど、結構、力加減が難しいんですよ。気持ちいいですか?」


「おお、気持ちいいぞ。なんか悪いな」


「いえいえ。いつもお世話になってますから」


「ホントだよ。優等生だと思ってたのに、とんだ変態だったとは」


「ひどい。筋肉愛がすごいと言ってください」


「ハハ。あー、気持ちいいな」


「わたしの祖父は映画好きだったので、家に映画のDVDがたくさんあったんです。わたしは遊びに行くたびに、祖父と一緒に古い映画を観てたんですけど、なかでも面白かったのは、ブルースリーやジャッキーチェンのカンフー映画でした。

 ものすごい速さで繰り出される技や、身体を張った危険なアクションに夢中になったものです。その影響か、どんな運動競技よりも、格闘技の研ぎ澄まされた筋肉に惹かれてしまうんですよ。

 だから、こうして先生の身体に触れるなんて夢みたいで……先生?」


 いつのまにか眠りについた横山の寝息が聞こえる。


「しょうがないですねえ。こんなとこ、他の先生に見つかったらどうするんですか。なんだかんだ言って甘いんですよね。わたしなんかのワガママ、ちゃんと聞いてくれるし……」


 一色は横山の背中にそっと頬を寄せた。


「隙だらけですよ、先生」

 


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