第2話 覗きはダメ

 再び、生徒指導室でテーブルをはさんで座る、教師の横山あらたと生徒の一色いっしき沙羅さら


「一色は、なぜここに呼ばれたのかわかるか?」


「わかりません」


「って、このくだり二度目だな」


「あれから先生との約束は守って、校庭や体育館で筋肉を鑑賞するのは控えてますよ。あ、体育のときはしょうがないですよね? わたしだって見たくて見てるわけじゃないし。そもそも、同じクラスに観賞に値するほどの筋肉がないから、わざわざ放課後に部活の見学をしてたんですから――」


「わかったわかった! おまえが約束を守ってくれたのは嬉しい。ありがとな!」


「わかっていただけて良かったです」


「実は、妙な噂が広がってるんだ。言いにくいんだけど、おまえが、その、覗きをしてるって……」


「ええっ、わたし更衣室を覗いたりしてませんよ!? そりゃあ、運動部の壁や鏡になりたいと思ったことはありますけど、そんなの誰でも思うことですし、実際やったら犯罪じゃないですか!」


「……言いたいことは色々あるが、まあいい。そうだよな、覗きなんてするわけないよな。わかった! 俺の方から誤解をといておく。それにしても、誰が言い出したんだろうな。おまえが双眼鏡を使って覗いてたなんて」


「あ、双眼鏡なら使いました」


「はぁああ?」


「安心してください。男子生徒を見ていたわけじゃありませんから」


「じゃあ何見てたの!? 逆に怖いんだけど」


「通勤中のサラリーマンです」


「サラリーマン!?」


「もともとは先生がいけないんですよ。身近なところで済ませてたのに、スーツの下に隠された筋肉なんて見せられたら、あっちのサラリーマンはどうかな? こっちのサラリーマンは? なんて妄想が止まらなくなっちゃって」


「え、俺のせいなの?」


「はい。でも、遠くから見てるだけだから、なんの問題もないですよね?」


「いや、問題しかないだろ」


「なんでですか! 歩いてるのをこっそり見てるだけなんだから、バードウォッチングと同じでしょ。あれって違法じゃないですよね? それに、双眼鏡を持ってきちゃ駄目だなんて、生徒手帳に書いてありましたっけ?」


 理詰めで迫られて戸惑う横山。


(え、どうだったかな。校則なんていちいち覚えてないぞ。漫画やゲームなら確実に持ち込み禁止だろうけど、さすがに双眼鏡は書いてない気がするな) 


「まあ待て。そもそも問題なのは双眼鏡じゃなくて、その使い方だ。担任の権限で、今後、双眼鏡の持ち込みは禁止にします」


「ひどい。横暴だ。生徒会に訴えてやるー!」


「いい加減にしないと、内申書に〈変態〉の二文字が追加されるぞ」


「ぐっ……わかりました。しょうがないから大胸筋で手を打ちます」


「は?」


「この前は腹筋だったから、今度は大胸筋でお願いします」


「え、また?」


「当然です。腹筋を見せてもらう代わりに、校内での筋肉観賞をやめたんですから、双眼鏡がダメだと言うなら、代わりに大胸筋を要求します! なんなら大腿四頭筋だいたいしとうきんでもいいんですよ。ハアハア」


 席を立ち、じりじりと横山に近づく一色。


「わ、待て。ちょっ、こら」


 椅子に座ったまま、無理やりシャツのボタンを外される横山。


「まあ、なんて素敵な大胸筋!」


「顔がちけえよ。もっと離れろ。そして匂いを嗅ぐな!」


「ケチですねえ。触りたいところを匂いで我慢してあげてるのに」


「当たり前だ! おまえは俺をクビにしたいのか」


「それは困ります。先生がいなくなったら、わたしは誰の筋肉を愛でればいいんですか」


「知らねえよ! 体育の権田原ごんだわら先生のでも愛でとけ」


「えー、あの先生の身体、もうダルンダルンじゃないですかぁ。若い頃はいい身体してたんでしょうけど、きちんとメンテナンスしてないと観賞には値しませんよ。筋肉は地道に育てていかないと」


「ヘー、ソウナンダー」


「棒読みやめてください! その点、先生は偉いですよ。今でもかかさず鍛えてますよね」


 横山の身体をじっくりと観察する一色。


「格闘系……空手か少林寺の黒帯ですね」


「はっ、すごいな、おまえ」


「ふふん、何年筋肉を見てきたと思ってるんですか。もしかして家が道場とか?」


「ああ、じいちゃんがな。親父は普通の会社員だぞ」


「どうして学校に内緒にしてるんですか?」


「そんなの決まってんだろ。めんどくさいからだよ。空手の有段者だなんて言ってみろ。ここぞとばかりに運動部の顧問にさせられて、せっかくの休日が試合だのなんだのってつぶされるだろ。だから、運動は苦手ってことにして、顔出さなくても問題ない文化部の顧問してんだよ」


「うわ、ズルい!」


「俺はプライベートを大事にしたい派なんだ」


「ふうん。そのプライベートには、恋人とのデートなんかも含まれてるんですか?」


「……まあ、そうだな」


「嘘ですね。どうして見栄を張るんですか。どうせ休日は昼まで寝て、午後からおじいさまの道場に顔を出して、夕方一人でラーメン食べて帰るんでしょ」


「なっ、おまえ、見てたの!?」


「見なくたってわかりますよ。マッスル探偵におまかせあれ♡」


 ボディビルダーのようなポーズをとる一色。


「なんだ、その妙なポーズ」


「あ、知りませんか? マッスルおにいさんの持ちネタなんですけど」


「知らねえよ」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る