第6話
面会は拒否した。
家族には会いたくないと伝えるために無理をした。
どうせ今会ったところで、あと少し、もう少しこの心臓は役目を全うするかもしれない。そうなったらなったで家族は微妙な顔をして僕を看取ることだろう。そんな気がしてならなかった。
鼓動の音が消えていく。
そんな感覚が、僕の脳裏を過ぎる。
ミヤに告白をしてから、僕の心臓は急速に機能を失い始めた。そこで僕はこの「命の秒針」について確証を得た。
これは「恋の病」だ。
発症すれば最後、鼓動と引き換えに恋を許される。
なるほど。「命の秒針」とはよく言ったものだなと機械から流れるゆったりとした心音を聞きながらそう思った。
僕が君に恋をして、
君が僕に恋をしても、
君が僕について忘れていくから、
僕は安心して世界から消えることが出来る。
でも君は?
君は記憶を失っていくだけで、命は、期限まであるのだろうか。
そうであったなら、ずっと、次の僕のような子が現れるまで君は一人ぼっちだ。
それだけが、心配なんだよ。
もう疲れたんだと、僕の意志関係なく瞼はゆるりと落ちていく。
今日が僕の時計が完全に壊れる日なのかもしれない。不意に、そう直感した。
「ルイ」
水底に意識を置いていこうとした瞬間、ぐいっと地上に向かって身体が引っ張られた気がした。
目を開ければそこには、感情を落としたミヤが立っていた。
「なんで、」
「死ぬの?」
温度の無い声に息を呑む。
「……そうみたいだ」
「じゃあ、お別れだね。お別れのキス、してあげる」
ミヤが僕の身体をベッドに押し倒して笑う。
目の前で笑う彼女は、その瞳の中に、大人の色気を宿していた。
昨日までのミヤとは違う雰囲気に、僕は胸の高鳴りを隠すので精一杯だった。
「どうしたの」
「わたし、明日には忘れちゃうから、今が恥ずかしくて心臓が飛び出てしまいそうなくらいに緊張してるけど、やっぱり明日には忘れちゃうから、何もかもわかんなくなっちゃう朝が来るから、それまでは、わたしの記憶を埋めつくしてよ。ルイ」
「置き土産に、なっちゃわない?」
「ならないよ。忘れちゃうから、置けもしない」
「……そっか。それは、いいなぁ」
はは、と笑うと、ミヤは小首を傾げて、「……ルイは何かを遺したい?」と僕に問うた。
遺したいものなんて、訊かれるまで考えもしなかった。
だっていつかは死ぬ身体だから。望んでしまわないように、無意識のうちに蓋をしていたのかもしれない。
少し考えて、僕はミヤに答えた。
「…………とけい」
「時計?」
「僕たちの痣は時を刻む。時は、永遠にも一瞬にもなるんだ。その中に命も、記憶も、全てが遺る」
まるで僕にはそれが、かみさまみたいだと思ったんだよ。
そう呟くと、彼女はすごく嬉しそうにして笑顔を見せた。
「……いいね。ルイの好きな時計、おねだりしておく。ずっと、ルイの時が刻まれるように、かみさまにお願いしてみる」
「……ありがとう」
もう息をするのも億劫だ。それなのに、僕はミヤから目を離せない。
ミヤの顔がゆっくりと近づく。ほぅ、と僕とミヤの吐息が重なった。
残らない恋心。遺さない未練。
それら全てを受け止め捨ててくれるというミヤの双眸は、初めて会った日と同じくらい、綺麗だった。
命の秒針 KaoLi @t58vxwqk
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