第5話

「おはよ、ルイ!」


 ミヤは元気だった。元気に、見えた。

 見えたと表現したのは、彼女の目が赤く腫れているように見えたから。沢山泣いて、晴れてしまったのだろう。目の腫れが昨日の惨劇を物語っていた。


「……目、腫れてるね」

「ん? あ、これ? あんまり憶えてないんだけど、昨日色々やっちゃったみたい。多分、また暴れたんだわ……」


 でなきゃこんなふうに、目元は赤くならないもの。


 過去にも似たような経験があるらしく、それを自覚しているのか彼女はそう言った。記憶に無くとも体は覚えているらしい。なんて面倒で厄介な「病」なんだろう。


「ミヤ」

「はあい?」


 僕は明日忘れるであろうことをいいことに、ミヤのことを抱きしめる。

 突然の僕の奇行にミヤは「ふぇっ!?」と素っ頓狂な声を出した。


「僕ね、ミヤのことが好きだよ」

「えっ、えっ!?」

「昨日の自分が分からなくなるのって、絶対に怖いはずなのに、いつも笑顔ですごいなって尊敬する。僕には弱さだって見せて欲しいのに、君はいつだって強いから、僕の出る幕がないんだ」

「…………」


 彼女の体が、強ばった気がした。


「……頼ってよ。君が今日のことを忘れても、僕が今日の君のことを忘れない。……だから僕に、本当の君を、見せて欲しい」


「命の秒針」を持つ同じ境遇である彼女の心は軋んでいた。この軋みを少しでも和らげることができたなら、僕は――。



「家族って、なに?」



 その言葉に世界の時間が全て止まったような感覚に陥った。


 残酷な言葉だと思った。僕にとって、いや人間にとってあることが当たり前の言葉であり、繋がりとも言える「家族」。ミヤにはそれが、分からない。


「家族は、僕だよ」


 だから僕は宣言する。彼女の心が少しでも報われるように。優しくさとすように。


「え?」

「いつも、いつだって一緒にいる、僕やおじ様やおば様が、君の家族だ」

「……でも、血が繋がってないと家族って言わないわ」

「じゃあ、養子縁組の子はどうなるの? 彼らは家族になれない?」

「それは……」

「家族は、心が繋がってれば、君が家族だと思った人たちがいれば、家族なんだよ」


 僕の言葉を聞いたミヤは、大きな声で泣き出した。

 今までき止めていた理性の壁が崩れた瞬間でもあった。


「じゃあ、そうだよ、みんな、かぞくだよ。家族なの。でも、わたしがそのことを忘れちゃう……!!」


 そんなのつらすぎる! と叫ぶミヤの心はまるで錆びた秒針を持つ時計のようにギシギシと鳴っていた。


「君が忘れても、僕は忘れない。絶対に。約束する、約束するから、泣かないで……ミヤ」


 悲痛な叫びが鼓膜に響いて離れない。明日には何事も無かったかのようにけろりと忘れてしまう彼女の代わりに、僕が彼女の心を全て引き受けることを決めた。


「忘れたくない……忘れたくないよぉ……!」


 世界にたった二人、取り残されたみたい。と君はいつか僕に言った。その時はなにも考えずに相槌を打ったけれど……今はちゃんと君の言葉に寄り添いたいんだ。


 ああそうだな。

 この「好き」という言葉も、君の中に残せたなら良かったのに。



 カチ、リ。



 ――ブツン。

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