第4話

 妙に騒がしい朝だった。


 朝起きて、いつもの公園で一日ゆっくりとくつろごうと思っていた時、騒ぐミヤの声が聞こえた。

 なんだろうと思ってミヤのいるであろう方角へ向かおうとした時「今はやめておいた方がいいよ」と近くを通った老婆に止められた。彼女は、ミヤの言う「おば様」だ。


「どうしてですか?」

「あれはミヤのご両親ね。さしずめ、彼女への面会かしらね」

「え、彼女に?」


 僕は純粋に驚いた。初めて会った時に彼女は、彼女の両親は既に他界したと聞いていたから、余計に。

 彼女に家族はいた。

 そうか、家族の記憶が、全て失われているから、彼女はいないと言ったのだ。

 それよりも――。


「外の世界の人が希望を出せば、この国での面会が可能なのですか?」

「ああ、可能だね。基本的には、ここへ来た者が危篤であれば政府からその家族へ通達が届いて面会という形だがね」

「ミヤは死ぬのですか?」

「あの子は例外さね。一日単位で記憶が死んじまうからね。稀な秒針さ。政府も手厚いおもてなしをあの子にはしているのさ」


 そう言って右腕をさするおば様はどこかうれいているようだった。

 身体のどこかに刻印される「命の秒針」、その多くは胸や足、手といった生活に支障をきたすであろう部位に表れることが多い。

 しかし稀にミヤのように、頭部に刻印された者が生まれる。彼女たちは生活する上での支障がないことや不思議な点が多いことから、政府から重宝されるというのだ。


(これじゃあ、ていのいい実験体モルモットじゃないか)


 彼女の処遇に、吐き気がする。


「……ミヤの家族は」

「一ヶ月単位でここに来る。でもミヤは家族の記憶が無いから混乱して、いつもああやって騒ぐのさ」


 だから今は行かない方がいいよ、とおば様が教えてくれた。

 僕が間に入って、彼女を落ち着かせることが出来たならどれほど良かっただろう。ふと湧き上がったモヤに嫌気がさした。


(これは家族の問題。……そう、僕には、関係ない)


 彼女に向けていたつま先を、僕はそのまま行こうとしていた目的地に向けた。


 カチリ。



【15:05】



 公園に着いて、思うのは彼女の心が壊れていないかということ。

「今日」のことを忘れると知っていても、「今日」は忘れない、忘れられないのだから。どうしたって「今日」の彼女が心配だった。


(……それもあるけど……)


 僕はちらりと先ほど違和感を感じた胸元に視線をやった。

 明らかに秒針が前より進んでいた。


 発症時期が定かではないけれど、0時だと仮定して、僕が気づいたのが8時。それから、色々時間が過ぎて、現在命の秒針は15時を指している。これで一周すると死ぬという仮説は無くなった。


 この時計で「一日」が経過するまであと少し。この感覚だと、「一日」までにかかる時間は一年間だと推測された。


 これが残りの寿命かと思うと、あと他に何をやり残しただろうとぼんやりと考える。

 家族への感謝を伝えること? 安定したスクール生活? きっとその先にあるのは煌びやかであろう未来……。

 僕くらいの年頃の子には夢は尽きないのだろうけど、どれも今の僕には興味が無かった。


 ただ一つ、一つだけ。


「……あるなぁ……」


 一つだけ、譲れない。僕には生きているうちになんとしてでも叶えたい夢がある。


 ふと外を見上げる。

 雨は、予報が外れて上がっていた。

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