第3話

「それ……」

「気持ち悪いでしょう? おじ様もおば様も、これを見る時は嫌そうな顔するから、いつも隠してるんだ〜」


 そうなんだ、と僕はあくまで興味無さそうに相槌を打つ。ミヤはえへへと笑っている。まるで気にしていないみたいに。


 初めて見た人からすればショックを受けるほどには衝撃的で、次に思い浮かんだ言葉は「可哀想」だった。きっと言われ慣れているのだろう、ミヤは僕を見て「今かわいそうって思ったでしょ」と言った。


「だってそういう顔してた」

「分かるんだ」

「わかるよ。いつも見てるもん」

「ごめん」

「それも聞き飽きた。謝らなくても大丈夫だよ」



 どうせわたし、明日には忘れてるから。



「え?」

「あれ? 政府から聞いてない? この模様の症状について」

「聞いてないよ」

「それは無責任ね!」


 そうだろうとも。僕もそう思っていたさ。

 教科書にも載っていないこんな曖昧なもの、考えたって無駄なんだって諦めてる。

 ただ彼女は、この「命の秒針」について何かを知っているようだった。


「君はこの命の秒針について何か知っているの?」

「知らないよ」

「え?」

「知らないっていうか、わたしのことを付けた日記に記録として残ってるだけ。わたしはそれを、読むだけ」


 憶測でしかないけど、と前置きをしてから彼女は自分の痣を指さした。


「この命の秒針がある場所の機能が、針が進むごとに失われていくの。わたしの場合は頭。失われていくものは記憶」


 ここでやっと合点がいく。

 明日には忘れていると彼女は言った。本当かどうかはまだ会って初日だから分からないけれど、秒針が進む度に失われていくものが記憶というのなら、その痣がある場所が頭というのも頷ける。


 なら僕は?


 僕の命の秒針は、何を失わせる?


 ぞくりと背筋に嫌な汗が伝った。



【13:20】



 どうなったら死ぬのかを考えたことがある。


 一周したら死ぬのかな、とか。

 動かなくなったときが死ぬときなのかな、とか。

 針が折れたりしたらどうなるんだろう……とか。


 今日も意味の無い自問自答をしながら、そんなことを思った。



 答えも出ないことだし、と暮らしている個室の外に出れば雨が降った痕跡があった。土から湿ったにおいが漂い、久しぶりに「雨」を感じた。

 今日は午後から天気が崩れると、ブラウン管越しのお天気キャスターが言っていたっけ。


 ぱらつく雨をぼーっと見ていると、どこからか「おーい」という声が聞こえてきた。

 僕の意識はすぐに現実世界に引き戻され、声のした方へと振り向けば、ミヤが手を振って僕に近づいてきた。


「やあ、ミヤ」

「あ! えーと……あ、そうそう。1週間前にお友達になったルイ! だよね?」


 合ってる? と不安げに瞳を揺らすミヤが可愛くて、少しの間だけ黙ってみる。ソワソワとし始めた頃が答えを言う合図だ。


「うん、大正解」


 やったー! と裸足で廊下を飛び跳ねる彼女は、うんと子供っぽくて可愛らしい。


 1週間前、初めて会った日の翌日、彼女は彼女の宣言通り僕のことをすっかり忘れていた。

 覚悟はしていたけれど、実際に現実を突きつけられるときついものがあった。

 けれど、記憶の片隅には生きていたらしく、名前は覚えていてくれたらしい。多分日記に記録されていたものを言ってみたら当たった、くらいの感覚だろうけど、それでも僕は嬉しかった。

 それから今日までほぼ毎日顔を合わせては、名前を当てるゲームのようなものが続いている。これがここ1週間の話である。


「ミヤ、今までどこに行っていたの?」

「えっとね、政府の病院!」

「え?」

「昨日のこと覚えてるかの確認とか採血をするために定期的に来るよう通達されるんだよ〜。あ、もちろんお迎え付きでね!」


 ルイは? と小首を傾げるミヤに僕は少しだけ困惑した。


「僕は……まだないかな」


 嘘は言っていない。言っていないはずなのに何故か心が嫌な感じにざわついた。ミヤは楽しそうに報告している。

 政府からの通達が来たら、僕はまた外に出なければならないのか。それを考えると気が億劫になった。


「そっか。なら、それが一番だよ!」


 ミヤはそう言うと僕の頭をぽんぽんと、まるで子供をあやすように撫でた。少し身長が足りないのか背伸びをしていて、足元が震えていた。


「……うん」


 明日にはこの可愛らしい仕草や行動も、僕という存在も忘れてしまう彼女。

 僕はそんな彼女を、好きになってしまったんだと思う。


 カチリ。

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