第2話

「スラム街」へ収容されてから二ヶ月が経った頃、僕はよく行く公園で同じ年の頃と思われる女の子を見かけた。

 その公園はなんの手入れもされていない、木と芝生が無造作に生え並んだだけのモサモサとした広場だった。


 純新無垢という言葉が似合う子だった。

 ふわふわとした栗毛は顔の右側を大きく隠していた。小柄な柔らかそうで触れたくなるし、まんまるな瞳は汚れがないくらいに澄んでいた。身長は僕の頭一つ分位低いだろうか、いかにも女子という感じがした。


 何かを探しているようだった。僕も、何を探しているのかは分からなかったけれど、何となく彼女の探し物を探してみる。すると、多分これだろうというものを見つけたので、僕はそれを手に彼女に話しかけてみた。


「ねえ、探し物はこれ?」


 振り向く綺麗なに息を飲む。久しぶりに女子と目を合わせた反動で、僕は思わず少しだけ後方へと下がった。


「あら、ここに人がいるなんて珍しい! こんにちは!」


 カチリ、秒針が動いた気がした。


 そろっと衣服の隙間から「命の秒針」を確認すると、この間まで「8時」を指していた針が「10時」まで移動していた。


(あまり気にしてなかったけど、実はゆっくり動いてた?)


 服を着ていれば見ることがない胸元に、答えが返ってくるはずもないのに僕は心の中で話しかけていた。

 ふと顔を見上げれば、女子がにこにこと笑みを浮かべながら僕を見ていた。ああ、挨拶。


「こんにちは。君は?」

「わたしはミヤ」

「僕は、ルイ」


 そうなんだ、ルイ、よろしくね。と、ミヤが手を差し伸べてくれたので、僕は反射的に挨拶の握手を交わした。小さくて柔らかい手の感触が、僕の鼓動を少しばかり速めた気がした。



【11:30】



 ミヤはおおよそ1年前からこの付近で暮らしているらしい。


「欲しいもの、言ったらなんでもくれるから、ここにいたら不自由ないよ」


 周りの人間たちはミヤに優しいらしい。それを聞いて少しだけ、他人だけど安心した。僕の暮らす場所もいい人が多い。


 彼女の両親は既に他界しており、身よりもいないとのこと。本人は何も気にしていないようだったが僕は内心同情した。


 僕には頼るべき家族がいるが、彼女にはいない。


 どういう経緯でこの機関に来たのかは聞かないことにした。まあ、僕と同じで政府へと高額で売られたようなものだろうけれど。


(家族に売られた僕も、可哀想な部類か)


 悲しさよりも悔しさが心を支配した。



 ふと僕は、彼女が開口一番に言っていたことが気になった。


「そういえばここに人がいるのが珍しいって言ってたけど、どういう意味?」

「ここにはわたししか基本来ないもん。来てもこの辺りに住んでるおじ様やおば様がおやつを届けに来てくださる時くらい。わたし、へんな病気だからここにいるんだって!」


 病名はねー、忘れちゃった! と明るく言うミヤ。大丈夫だよ、僕だってよく分かってないから。なんだったら世界中の誰もがこの「命の秒針」について何も知らないと思う。


 彼女もここにいるということは「命の秒針」の持ち主なのだろう。しかしそんな風には見えない。見える場所に刻印がないからだろうが……。

 ここで何も訊かずに戻るのも癪なので、僕はストレートに訊くことにした。


「君も、胸に時計のような痣があるの?」


 ちょっと間違えればセクハラにも聞こえなくもない質問だったなと言ったあと若干後悔したが、まあ深い意味はない。そう思っておこう。

 ミヤは「時計のような痣」というワードに反応したようで、一瞬首を傾げてから、ああ! と手を叩いた。


「胸? 胸にはないよ。わたしにあるのはここ!」


 そう言って彼女は隠していた顔の右側をあらわにした。その行動を謎に思いつつ、あらわになった右側に絶句する。


 彼女の顔の右側に、があったのだ。

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