天狗の鼻

大隅 スミヲ

消し忘れたタバコ

 先輩から事務所に呼び出された俺は、終始不機嫌な先輩の態度に納得がいかなかった。

 この仕事をはじめて5年になるが、失敗をしたことは一度もなく、むしろどうして俺が呼び出されなければならないのかと思っているくらいだ。


「お前さ、わかってんの」


 黒のスーツに黒のネクタイという葬式帰りみたいなファッションの先輩は、対面式のソファーに腰をおろしながら説教を続ける。

 先輩といっても、自分よりもほんの数年はやく仕事をはじめただけである。それにも関わらず、俺に対して説教を垂れているのだから不思議なものだ。

 仕事については先輩よりも俺の方がきちんとこなしていると思っている。それは周りの人間も同じようで、正直な話、俺は仕事で先輩を超えたと思っている。

 そういったことが積み重なっての先輩の苛立ちなのかもしれない。

 俺は勝手に先輩の心情を分析していた。


「絶対に自分のいた。これだけは、前から口を酸っぱくして言ってきたよな」

「わかってますよ。だから、俺は証拠を残さずに、いままでやってきました」

「ほう。随分と自信があるみたいだな」


 先輩は目を細めるようにして俺の顔をじっと見てくる。

 俺はその先輩の視線が鬱陶しく感じ、ポケットから煙草を取り出すと火をつけた。


 仕事は人前で大声で言えるようなものではない。

 一歩間違えば警察沙汰になることばかりだが、金周りは悪くはない。


 煙草を吸いはじめると、先輩は明らかに軽蔑をした目で俺のことを見つめてきた。

 なんだよ、あんただっていつも煙草を吸っていたじゃないか。いまは禁煙中かもしれないけれど、俺にまで禁煙を強要するのは見当違いなことだ。

 俺は睨み返すように先輩の目を見返した。

 すると、先輩は舌打ちをして、目をそらす。

 なんだよ。もう、俺とは睨みあいも出来なくなっちまったのか。

 以前の目が合っただけで殺されるかと思うような目つきのアンタは何処へ行っちまったんだよ、先輩。

 俺は心の中で呟くと吸いさしの煙草を灰皿の隅に置いた。


「お前は二流だよ。一流になったつもりでいるみたいだけれどな」

「はあ? なに言ってんだよ。腕はあんたよりも上だし、仕事もあんたよりも綺麗にやっている」

「天狗になるな。基本に忠実になれ。天狗になっている時が一番ミスをするんだ」

「馬鹿じゃねえの。誰が天狗になっているっていうんだよ。俺はきちんと仕事をこなしているっていうの」


 俺がそういうと先輩は呆れたようにため息をついた。


「なんなんだよ」

「もう一度だけ、言う。証拠だけは何処にも残すな」

「そんなこと言われなくても、わかってるよ」


 俺は怒りに任せてソファーから立ち上がった。

 先輩は俺のことをちらりと見たが、何も言わなかった。


 ふん、何も言うことも出来ないのかよ。

 俺はそのまま、事務所を後にした。



 しばらくして、スマートフォンにメッセージが届いた。

 先輩からだった。

 この期に及んでなんだよ。俺はイラつきながらも、そのメッセージを見た。


『やっぱりお前は二流だ』


 その文章と共に、一枚の画像が貼られていた。

 それは灰皿に残された、消し忘れたタバコの写真だった。

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