3

 私が彼女と出会ったのは、まさに二年前のこの季節のことだった。


 話かけたのは私からだ。

「すみません、地学室ってどこかわかります? 四階って聞いたんですけど」

「えっ! ウソ!」

「ウソではないんです……ただその、今日地学室の掃除当番なんですけど、道に迷って……」

 途方に暮れていて、藁をも掴む思いで、廊下にひとり佇んでいた彼女に声をかけたのだ。

 だけど校内で迷子になって助けを求める哀れな新入生に向かって彼女が放ったのは、

「そんなことよりアナタ、オカルト研究部やらない!?」

 という掴みかからんとする勢いの勧誘だった。こっちの事情などいっさいおかまいなしのマイペースぶりに、思わず私は一歩後ずさりした。

「え、そんな部ありましたっけ?」

「えへ……実はまだなくて」

「は?」

「新設部活の申請のしかたとか私教えるから! お願い!」

 目の前で手を合わせる少女をあっけにとられて見る。青白い顔に、大きくまんまるな瞳が目立つ。まったく傷みのない黒髪ストレート。ひどく小柄で制服はぶかぶかで中学生が無理に背伸びして着ているみたい。上履きスリッパの色が私と同じ青。

「いやいや、お願いって言われても……なんで?」

「私、アナタと友だちになりたいんだ!」

 理由がめちゃくちゃだし、意味がわからない。だけどそう言って顔を上げた彼女の目は切実さに爛々と輝いていて、私はついドキッとしてしまった。そんなふうにまっすぐに見つめられたことが、なかったから。

「もう部活、入ってるの?」

「ううん、まだ決めてなかった」

「じゃあちょうどよかった。私、春川やよい! 一年一組!」

冬海ふゆみあかね……一年二組。となりのクラスなんだね」

 気づけば聞かれるがままに答えさせられていた。

「やったー! 幽霊部員だけど副部長やるから! これからよろしくね、茜部長〜!」

 ぱあっと両手を上げて喜びをあらわすやよい。

「えっ、なにそれ。まだなにもやるって言ってないんだけど。てか地学室どこ?」


 子どもっぽくて天真爛漫。有り余る元気で他人を振り回す。

 手を振りながら駆けていく後ろ姿をあわてて追って、だけど角を曲がるとやよいの姿は忽然と消えていて、代わりに『地学室』と書かれた表札がぴょこっと飛び出した教室の扉が、目の前にあった。


 それが私とこの子――春川やよいとの出会いだった。


「部長、もうひとりの部員、副部長の春川先輩ってこの人のことですか」

 塔子の目に、不安げな色が浮かんでいる。まあ比較的物静かな空気感の部会にこんな自由奔放なノリで乱入されたらそりゃあ警戒もするだろう。

「ええ」

 私は場を取り持つつもりでうなずいた。

「うわぁい! ちゃんと紹介してくれてたんだね! ありがとう茜!」

 と、やよいは勢いよく私の首に飛びついてくる。

「ほとんど事情は話してないけど……」

「幽霊部員だけど、よろしくね! 後輩ちゃん!」

 私に抱きついたまま、やよいは塔子に向けてぐっと親指を立てた。

「はぁ、どうも」

 塔子は釈然としない様子で会釈した。


「あのぅ……」

 と、そこで、エマの声がおずおずと割って入る。

「ふたりとも、誰とお話しているんですか?」


 ――あ、やっぱ見えないんだ。


「春川やよいだよっ、よろしくね」

 と目と鼻の先にまで近寄ってにこっとダブルピースするその声も届いていないのだろう。

 私は短いため息をひとつ、やよいに手で示した。

「その子は呉羽エマさん。で、こっちの子は」

「井森塔子です」

 塔子は自分で名乗るも、やはり警戒をあらわにする。

「うわぁい、私が見えるのはふたり目だね!」

 と、やよいは能天気にその手を持ってぶんぶん振り回しているけれど。

「部長、もしかして……」

 されるがままの塔子が、なにか言いたげにこちらを見てくる。


 そう。そのとおりだよ。

「私、この子に取り憑かれちゃってるんだ」

 困ったように笑うことしか、私にはできなかった。


 地学室での出会いのあと、ほんとうにやよいの助言のままにオカルト研究部を創設することになったのだけれど、それと同時期に彼女がこの学校の在校生ではないことは、すぐに知るところとなる。

 私がとなりのクラスに春川やよいという生徒がいないことに気づいて、問い詰めたからだった。「バレちゃったかぁ〜」とやよいはおどけて正体を明かした。こんな陽キャ幽霊いるものかと、疑わしくなるほどに。


「まあ皮肉なもので、死んでからはこんな元気ハツラツなんですけどねぇ、現役時代はビョーキで高校一日も通えてないんだよねぇ」


 いまもあのときと同じように、やよいはわざと芝居がかった泣き顔で、軽妙な調子で語るけれど、ほんとうはずっと寂しかったのだと思う。だから自分が見える唯一の人間である私を、必死で仲間に引き入れようとしたのだろう。


 黙ってどこからともなくお札と数珠を装備した塔子を、私は手で制した。

「お祓いはまた今度でいいわよ、幽霊とはいえ部員だし」

 塔子的には、霊は祓うべきものという認識なのだろう。

 ぴりっとした緊張感が、両者のあいだに走る。

 そこへ。

「先輩……!」

 それまで黙って聞いていたエマが、抑えきれないというように、どこか興奮したような声を上げた。

「私も副部長のこと見えるようになりたいです!」

「「えっ」」

 その場の全員がエマの発言に固まる。


「ふぇぇぇぇんエマちゃん……ええ子やん!」

 と、涙声を出して大げさに感激するやよい。


「見える人のそばにいると、そういう力は移ることがあるんだって、母が言っていました。ここでなら自分になかったものが、目覚めるかもしれない、そんな予感がするんです。だから……」

 もじもじ、と顔を赤らめて恥じらうエマ。だけど意を決して目を上げ、まっすぐに言う。

「だから……塔子ちゃん……私の霊感を高める先生になってくれませんか……?」


 そっちかーい。

 またしてもなんかふたりの世界が形成されてしまった。


 まあ、私は別に霊感があるわけではないし、部活を始めるまでオカルト系にもそんなに興味はなかったし、塔子のほうが先生役は適任ではあるけれども。

 そっと壁際に寄りながら、苦笑とため息まじりにつぶやく。

「……やっぱり私は壁になったほうがいいみたいね」

「えっ! 茜も壁すり抜けれるの?」

「どう聞き間違えたらそう聞こえるの?」

 相変わらずのやよいのアホの子ぶりにあきれながらも、まあこっちもひとりじゃないし、ふたりで壁やればいいかと思えている自分もいた。


「経験則だけど、画面を通したほうが視認性が上がる場合がある」

 と塔子がスマホを取り出して自撮りモードにして構えている。

「なるほど、心霊写真」

 エマも乗り気だ。心霊写真撮影に積極的だなんてさすが、オカルト研究部の有望株ホープ

「おっ、記念写真!? 新生オカルト研究部始動記念だね!?」

 と、やよいがすかさず塔子の脇に潜り込んで画面の中央を陣取り、ダブルピースを突き出す。心霊写真にしてはあるまじき構図。これだけアピールしているのだから指の一本や二本写り込むのではないだろうか。

「部長も、撮りますよ、はいチーズ!」


 結局、撮影した記念心霊写真に、やよいはたしかにはっきりと映り込んでいたのだが、どういうわけかエマには見ることができなかった。


 画面越しにエマが副部長を視認することを当面の目標に掲げた我がオカルト研究部。のちにやがてオカルト企画系YouTubeチャンネルを開設するのだが、いつも三人で動画を回しているはずなのに、会話の最中に四人目の声が聞こえた、とか四人目の姿が壁際にうっすら見えたとかで話題になるのは、また別の話である。





 了

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新入部員(女子2名)の尊みが深すぎるので、部長の私は壁になろうと思います。 鉈手璃彩子 @natadeco2

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