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 そんなわけで、呉羽エマと井森塔子がオカルト研究部に入部して早一週間が経過した。

 今日は新入部員をまじえての、初の公式部会が開かれている。

 部員数はいままでの二倍となって、一気に大所帯だ。

 とはいえ今日も幽霊部員の副部長は姿を現さないのだけれど……。


「オカルト研究部ではこの世界の科学ではいまだ解明できていないあらゆる不思議について調査考察をしているわ」


 一応この部の活動目的をあきらかにさせておかないといけない。調査と言いつつ実際には都市伝説系のYouTube動画を見漁ることしか活動内容のない部ではあるけれども、私の弁舌にはいつになく熱が入る。

「具体的には都市伝説、怪談。神仏、あやかし、幽霊、悪霊、生き霊、あとはUFOなんかの未確認生物系もそうね」

 するとそこで井森塔子が不安げに手を挙げ、真剣な顔で尋ねた。

「すみません……私見たことがあるのは霊的なものだけで、UFOやUMAは見たことがないんですが」


「じゅうぶんよ」

 むしろ霊的なものも見たことある必要は全然ないのだけれど、塔子は無駄に意識が高すぎである。


「もちろん占星術や呪術なんかも研究対象だからね」


「ああ、よかったです……! 私にもお役に立てることがありそうで」

 ほっと安堵したような笑顔を見せる呉羽エマ。いやお役に立てるどころかキミはもはや顧問のレベル超えて特別講師の域だと思うのだけれど。

 というのも、聞けばエマのお母さんは巷で有名な占い師。私も月刊ムーのスピリチュアル特集でその名を目にしたことがある人だった。それだけではない。先祖代々が占星術によって生計を立ててきたのだという。そんな環境で生まれ育ったからか、エマも幼い頃からスピリチュアルな世界に関心が高かったそうだ。ただエマの占いは全然当たらないらしく、母から才能がないと断言されていた。そのため高校ではオカルト研究部に入って実践的にスピリチュアルセンスを磨きたい――というのが彼女の真の入部動機だったのだ。


 まあこの部でエマが期待しているような専門的ななにかが学べるかというと……完全に来るとこ間違えている感が否めないのだけれど、もう黙っておこう。


「そういえば、エマは手相を見ることができると言っていたけど、塔子の手相はどんな性質を表していたの?」

 私が聞くと、

「塔子ちゃんはすごいですよ」

 一瞬にしてぱあっと目を輝かせたエマは、机を挟んでお向かいの位置に座った塔子の手を、机越しに引き寄せると、得意げに語り始めた。

「まずは親指の第一関節を見てください。両の指ともくっきりとした仏様の目のような仏眼相。これはいわゆる神秘的な能力――予知能力や、直感力がある方に、多くみられる相です」

 覗き込むとなるほどたしかに親指の第一関節のしわが、緩く弧を描いていて、大仏が重たげな瞼を開いているかのように見える。

「それから手のひらのここ、感情線と知能線の間にあらわれる十字の線のことを神秘十字と言うんですけど、このように複数の十字線がくっきりと出ているのは、特に霊的な感性が強力と言われていて、珍しいんですよ」

 エマの指がてのひらをなぞると、塔子はくすぐったいそうに指をぴくりと反応させた。

「さらに地丘の真ん中の縦線が、濃く長く伸びています。こちらも神秘的な体験をしやすい人にあらわれる線ですね。普通このどれかひとつでも当てはまっていれば霊感があると言われるのですが……塔子ちゃんは見事に三つとも、しかもいままでに見たことがないぐらいはっきりとした手相が出ています」

 解説を終えたエマはそのまま塔子の手を握り身を乗り出すと、夢見るような眼差しを向けてつぶやく。

「うらやましいなぁ。うちのお母さんに見せたら、きっと即刻弟子入りさせたいって言うよぉ」

「弟子入……」

 塔子が俯き加減に声を落とす。あわててエマは萌え袖をふりふり、

「あっ、ううん、もしもの話。ごめんね、気にしないで」

 と笑ったが、

「いや自分は、どーせならエマから教わりたい。エマの弟子になりたい」

 塔子の口調は真剣そのものだった。

「わっ、私!? 私が塔子ちゃんの先生、だなんて、良いの……?」

「ああ。私の見えているものを否定しなかったし、それに……なによりあの呪文のことについて、生まれてはじめて教えてくれた人だからな」

 いつになく優しい声で、キリッとつりあがった強い目元がふと緩む。エマが頬を染めるのと一緒に私まできゅんとしてしまった。

「塔子ちゃん……!」


 〜キラキラエフェクト〜


(……ねぇねぇ、これ、私ここにいる意味ある……?)

 いつのまにか完全にふたりの世界に入られている。

 だけど不思議と嫌な気持ちはしない。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようにまぶしいのだ。

 むしろもっと接近してほしいまである。ああ、せっかくのこの尊い空間を、邪魔したくない。


 よーし、ならば私は、この部屋の壁にでもなろう!


 すぅっ、と気配を消そうとしたとき、塔子が言った。


「それはそうと、この機会に部長の手相も見てみたくはないか?」


 へ?


「あっ、いいね塔子ちゃん! さあ部長、せっかくなので、ぜひ」


「え?」


 いやいまちょうど壁になろうとしてたとこなんですけど。


「わわわわ私はいいわよ! どうせこれといって特筆すべきところもない地味な手相よ!」

「まあまあそう言わずにお手を拝借させてくださいませ――」

 ニコニコとそう言いながら私の両手を取り、てのひらを上に向けたエマは、目を見開いた。

「こ、これは……!」


 ごくりと唾を飲み込む。期待はしていないけど、一応聞いてみる。一応よ、一応ね。


「な、なにか目ぼしい線ある?」


「……いえ、これといって特筆すべきことは――」


 虚ろな笑顔をあさっての方向へ向けるエマ。

 で、ですよね……期待して損したわ。


「――霊感的な観点からはありません、けど――あ、待って」

 不意になにか見つけたようにエマは私の左手薬指の付け根をそっとおさえた。

「この薬指から下へまっすぐ伸びる線を見てください。これは太陽線といいまして、良き出会いがあるときにあらわれる線です。ただ、この出方からして過去の可能性も……部長は……ここ二年ほどのあいだにどなたか印象的な人物と出会ったご経験はありませんか?」


 そう言ってエマが顔を上げたときだった。


「誰だ!?」

 塔子がいち早く反応して、ガタッと音を立てて椅子を引く。私もつられて彼女が振り返った方向を見遣る。

 と同時に部室の扉がバァン! と勢いよく開き、


「やあやあ諸君! 我らがオカルト研究部へようこそ! 歓迎するよーっ!」


 幽霊部員にして副部長、春川やよいが元気よく声を張った。

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