新入部員(女子2名)の尊みが深すぎるので、部長の私は壁になろうと思います。
鉈手璃彩子
1
「あー……失敗したなぁ」
開け放った窓の外には、グランドでランニングする野球部の掛け声。すぐ下の音楽室からは吹奏楽部の奏でる楽器の音もよく聞こえてくる。
放課後の校内は活気に溢れているけれど、北棟四階端の部室にて私はひとり濡れた雑巾みたいに錆びたパイプ椅子に腰掛けてぐだっていた。
対面式なんて出るんじゃなかった。陰キャは陰キャらしく、ひっそりと誰にも知られることなく活動していればよかったものを……。
高校生活最後の年、このまま唯一の在籍部員である私が卒業すると、あの子と
各部の代表数人が壇上に上がり、パフォーマンスを交えながら部の紹介をおこなうなか、私は孤独にテンプレ紹介文棒読み。しんと静まり返った体育館の、あの冷えびえとした空気……思い出すだけで手足が震え出し、頭が熱くなる。
新入部員なんて来るわけがない。
在籍メンバーといえば地味な部長と幽霊部員の副部長だけの、こんな怪しげな部に入りたがる新入生なんて、いるわけがないのに。
幾度目かのため息を漏らしたそのとき。
背後で部室の扉がきしみ音を立ててゆっくりと開き、声がした。
「失礼します……」
「!?」
ばっと弾かれたように立ち上がって、声の主に目を向ける。そこにいたのは長身金髪ショート女子だった。モデルかと思うようなスレンダーな脚長を持て余すようにクロスさせ、耳にピアスをいくつも開けて、髪を触る指には金色に光るリングが何重にも重ねづけされている。
そしてそんなつよつよなおねぇさんが、ラメラメアイシャドウと盛り盛りまつ毛で縁取られた目で私を睨みながらぼそっと尋ねてきたのだ。
「あの、ここってオカルト研究部……の活動場所で合ってます?」
「はっ、はい! そう、です!」
背筋をぴいんと伸ばして私は答えた。
「……自分、入部希望なんすけど、今日って見学できるかんじですか?」
「見学ぅ!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。だって、えっ、希望? 入部? それって部に入りたいってこと? えっ、つまりこのお姉さん、新入生ってこと!?
パニックに陥り無意味に口を開閉させる私。
「すいません、いきなり迷惑ですよね」
くしゃっと頭をかき、軽く会釈してからもう一度ドアを開ける新入生のお姉さん。
「待って!」
あわてて駆け寄る。
と同時に、ひらかれた扉の向こうにまたしても誰かが立っていることに気づいた。
「ごきげんよう」
にっこりと。微笑んだ瞬間、甘やかな香りが周囲に広がり、ぱああっと廃墟の古城に花が咲いたかのごとく周りが色づく。
天使。女神。お姫様。
そのどれとも言えるしどれにもしっくり当てはまらない。
「ゆめかわいい」を体現したかのような美少女が、北棟四階の端の一室に舞い降りていた。
「はじめまして、私一年八組の呉羽エマと申します。オカルト研究部に入部したいのですが」
ふわふわした声で美少女は名乗っ……って、
え?
「うぇえっ!?」
耳を疑う発言だった。
世界の闇や都市伝説とはあまりにも無縁そうなこの美少女が、地味で怪しげな廃部寸前の我が部に入部希望……? 万一オタサーの姫になりたかったんだとしても男いねーべ?
だけど私より先に反応したのは、となりの金髪新入生だった。
「お、おまえは、今朝私の手相をみてくれた……!?」
(んっ? 今朝、手相?)
「あ、あなたは……私の右肩に取り憑いていた悪霊を除霊してくれたお方……!?」
(は? 悪霊、除霊?)
「なにその状況」
頭にはてなマークが四つほど貯まったところで私は思わず聞いた。
すると金髪新入生ちゃんがこちらに向き直り真剣な表情で、
「あーいえ、今朝登校中、こいつが横断歩道で肩重くて動けなくなってたんすけど」
と、親指でゆめかわ美少女ちゃんを指差す。
「よく見たら交通事故で亡くなった子どもの霊が憑いてて。好かれてたみたいで、そのままだにしとくと遅刻しそうだったので、祓ったんですよね。そしたら……」
はわわっ、と口元を萌え袖カーディガンでおさえながら、美少女ちゃんは、
「そうなんです! すみません、あのような手際鮮やかなお祓いをはじめてみたものですから私、感動してしまって。思わず、どのような素質をお持ちの方なのかと気になって、ついつい手相をみせていただいてしまったしだいです」
「独特の出会い方してんね、キミら」
ぽかんとする私。まあ要するにこのふたりは顔見知りだったらしい。
美少女――呉羽エマちゃんと名乗るその子は、にむかって深々と礼をする。
「改めて、その節はありがとうございました。あのときの……「六根清浄」というのは陰陽道の呪文の一種ですよね。私、家柄のこともあって幼いときから占星術や呪術はひととおり学んでいるんですけれど、昔からいろいろなモノに憑かれやすい体質らしくて。普段誰にもわかってもらえずに、ひとりで苦しんでいることが多かったので、気づいていただけて嬉しかったんです」
「こちらこそ助かった……私は昔から霊感が強くて。そこらへんの霊ぐらいならなんとなくで祓い清めることができるんだが……知識には疎くて……あの掛け声もなんとなくノリで言ってるだけなんだ。自分の力が、そういう類のモノだとは知らなかったよ」
「いやどういう会話なん」
正直、創設以来いままででいちばんオカルト研究部めいた内容なんだけどさ。普通それついていけないよ私含めた一般人は。
しかしながらこちらの戸惑いをよそに遠慮がちに見つめ合うふたりは、怪しげな会話に似合わずなんだかいい雰囲気だ。うらぶれた部室に舞うほこりがキラキラエフェクトのように輝いて見えるほどだった。
待って、これはもしかしていわゆる……いま私、運命の出会いを観測しちゃってる……ってこと……!?
えっだってそうだよね。だってこれ完全に、バディものによくあるお互いの足りない部分を補い合いながらともに成長していく系のヒーローとヒロインの構図だもん。
こんなんぜったい運命やないですか。
「部長」
金髪新入生ちゃんに声をかけられて、私は自分が部長だったことを思い出す。
「自分は、井森塔子といいます。また後日見学にうかがいますので、よろしく――」
ちょっと待ってくれ。いま私の頭の中では新しいトビラがすでにぎぎぃときしみ音を立てながら開きかけているんだ。
高速で頭が働き出し、理解し、確信する。
彼女たちはここで、出会うべくして出会ったのだと。
ならばそのせっかくのご縁をしっかりと結んであげるのが部長の務めではありませんかと。
それになにより彼女たちほど我が部にふさわしい能力(?)持ちの逸材、ほかにいるまい……と。
この機を逃すわけにはいかない。
「キミたちはいますぐ入部届けを書きたまえ」
「「え」」
「歓迎するわ。ようこそオカルト研究部へ!」
そう言って私は決然とした笑みをもって、このふたりの迷える子羊にオカルト研究部への入部を強くうながしたのだった。
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