ラブストーリーは筑前煮 後編
……ひゅうう、と風がふいた。
は?
好きっつった、この人。
誰に? 私に?
え、じゃあ私に呼び出しの手紙出したのってカズなの? ナンデ? あんた私の個人LINE知ってる数少ない人間じゃん。
「あんたそれLINEでもいいじゃない!!」
第一声これになっちゃったよ。
友人からの告白へ対する第一声これになっちゃったよ。最低か私。
いやでも想像つかなかったし。まさか呼び出し相手があの無口で無表情なカズだなんて思ってなかったし。っていうかあんた私の事好きだったのまずそこが驚きなんだけど!!
「ご、ごめん。いや……一度もそんなそぶり見せなかったでしょ」
「何度か言ったことあるよ。でも、全部別のものだと思われていたから」
「はあ!? 言ってる意味がわから、」
……あれかな?
ショーコ抜きでお昼ご飯食べてた時、「その筑前煮美味しそう~」って言ったからカズがくれた日、カズが「好きだよ」って言ったことかな?
私その時「私も好き~!」って返して、その後「筑前煮!」って付け足したな。その時からおかず交換し始めたんだっけ。あれもしかして「私が好き」って意味だったの? タイミング悪!!
いやでも、それ以外に言われたことなんて、
……あれかな?
カズが八宝菜好きだって言ってたから作って持ってきた日、カズが「好きだよ」って言った時?
私その時、「知ってる~」って返したな? 「カズが好きだって言ったから作ったんじゃん、何を今更」って思ったな? 知らないんだよ知ってねえよ私!!
なんだ? なんなんだこのとんちんかんは? あれか? 私は鈍感系主人公か? 好意を寄せられても全然気づかない、花火が打ち上げられた時にヒロインが頑張って思いを打ち明けても「え、なんて?」って聞き逃す系主人公か!?
ってかカズもカズだよ! なんでご飯の時にするのかな!?
……いや、人のせいにするのはよくないな。うん。
「え、ええと……わ、私、カズをそんな風に見たことなくて」
「知ってる。スズは完璧で究極の鈍感だから」
「今流行りのフレーズでディスるな!」
仮にもあんたの好きな人ぞ、私!!
……いやまって、まだ納得はできてない。
「そ、そもそも、好きなんて言われても、信じられないって言うか。私のどこか好きなのよ」
私はモテる。でもこう言っちゃなんだけど、カズにそういう意味で好かれる要素が思いつかない。だってカズ、人を見た目で判断するような人じゃないし。アイドルのグラビアとか見ても「太ももの太さが不自然だね」って加工修正の方ばかり言ってるし!
好きなところ、と呟いて、カズは言った。
「脚の形がいいところ」
「脚かよ!!」
好きなところ外見だった。
「え、あ、あんた脚フェチだったの?」
「好きなところって言ったから。脚だけじゃないよ」
「……どこよ」
「目の形が猫みたいでかわいい」
……思った以上にルックス重視ね?
「髪がつやつやしてる。爪が桜貝みたいでかわいい。頬がすぐ赤くなって表情がわかりやすい。あとは……」
「ちょちょちょっと待った!!」
耐えきれなくなって、私は思わずストップをかけた。
「きょ、今日はよく喋るわね、あんた。いつもはもっと無口じゃないの」
「クラスの会話は、反射神経で思ったことを言わなきゃいけないから。思いついた時には、話すタイミングを逃してる」
「あー……。あんた、熟考タイプか」
同級生みたく、中身のない会話をするタイプじゃない。
「でも今は、いつも思っていることを放出しているだけだから。ストックのあるものはすぐに出せる」
ってことは何か!? 私への外見への褒め言葉は中身があるってことか!? 外見なのに!?
私の許容量はすでにオーバー。言葉にならず、あー、うー、と言っていると、ごめん、とカズが返した。
「君が異性から、性的な目で見られることに、本能的な恐怖を感じているのは知ってる」
「あ、うん」
普通はそこまではいかないけど、グイグイ来られると気持ち悪い、とは思う。
「あと同性から外見に対して、『かっこいい』と持て囃されることに快感を覚えてるのも知ってる」
「快感言うな」
変態みたいじゃないか。
……いやまあ、女子にちやほやされるのは悪い気がしないのよね、私。
「そんな君が、『身近な人が恋愛感情を持っていたら、さすがに気づく』と言った意味を考えた」
気づいてなかったのよね私。ラブコメ主人公よろしく鈍感だったのよね。繰り返されると恥ずかしい!
「君は確かに、人の好意にはかなり敏感だ。過剰反応していると言ってもいい」
「びっ……うん、それで?」
なんかナルシストみたいだな私。けれど、いつもは喋らないカズが一生懸命話しているのをいちいち遮るわけにもいかない。あとそれこそいちいち過剰反応してると、本当にそれっぽいわよ、私。
「そんな君が、僕の好意に対しては気づいていなかった。いや、無意識に気づかない振りをしたんじゃないか、と考えた」
「……つまり?」
「君は大多数の人間から好意を持たれるけど、恋愛経験はゼロだ。だから根がとても純粋で、反面プライドも高い。どんな状態でも、人に弱みを見せたくない、何かに躓いているところを見せたくない人間だ。そんな君は、基本危機的状況だからこそ、素知らぬ顔して過ごすことも多い」
なんだこれ。羞恥プレイか?
無表情で淡々と私の深層心理を暴いてくるとか、Sか? 実はSなのか!? っていうか「恋愛経験ゼロ」とか言うな、真顔で! 一応初恋もしたことあるっつーの! アシタカに!!
だけどなんとか表情には出さないように、「へ、へえ~、それで?」と返す。ああ悔しい。カズの言ってる通りになってるわよ、私!!
「つまり……無自覚に鈍感な振りをしていたのは、君も僕に好意を寄せていて照れていたから。
よって君が『ツンデレ』だという結論に至った」
「異議ありッッッ!!」
人生で初めて言ったセリフだった。まさかこんなに力強く言う日が来ようとは。
「おおお憶測だけで自分の都合の良い解釈してるんじゃないわよ! 飛躍しすぎて意味わかんない!!」
反射神経で返す。カズは反論しなかった。どこか傷ついたような顔をしている。
しまった。中々言葉が出ないカズと違って、私はホイホイ脳から直通で言葉を放つタイプ。余計なことをついつい言ってしまうやつです。
罪悪感が嵐のように襲ってくる。そこから逃れたくて慌てた私は、またもや何も考えずに言った。
「だ、第一……外見ばっかりじゃない。そんなに」
私の性格、悪かった?
とは、聞けなかった。
他の人に対して、私は私がよく思われるように、猫を被る。私がモテるのは、「大衆ウケする私」を演じているからだ。
一方で、私はショーコとカズの前では素のままでいた。隠してるつもりは無いけど、他の人の前じゃ、筑前煮好きとか普通言わないし。作っても色地味だし。インスタ映え絶対しないし。
素の自分を晒しても、この二人なら私を傷つけないと思ったのだ。その安心する場所を守りたくて、気づかない振りをしていたんだろう。
なのに今更、素の自分を晒していたことが、「怖い」と思うなんて。
少し間を置いて、カズが口を開いた。
「『金色に輝く小麦を見ただけで、ぼくは君を思い出すようになる。麦畑をわたっていく風の音まで、好きになる……』」
カズの言葉に、私は目を丸くした。
「……『星の王子さま』?」
「そう。キツネが王子さまになついて、今まで何も思わなかった小麦に王子さまを重ねるようになった言葉。
大切な人ができれば、今まで興味のなかったことも、関連していれば好きになっていく」
私との距離を縮めて、カズは立ち止まる。
また一呼吸おいて、彼は言った。
「好きだよ。君に関連することなら、瞳でも髪の毛でもなんだって」
その目が、私の体を金縛りさせる。
じわじわ、私が好きだって言う視線を、私の体になじませるよう。
逃げられない。そう思った。
「わ、」
早く言わなきゃ。
早く、早く言わなきゃ。
「私はあんたのこと……
あんたのことなんて、好きじゃないんだから――!」
らー、らー、らー …………。
叫んだ途端、身体の自由が戻って、全速力で走り出す。
言っちゃったよ。
ツンデレワードナンバーワンのセリフ。
これは、無口無表情(ただし無感情ではない)な論理的思考で好きな人の意地を晒し出す無意識Sと、
好きであることを認めたくなくて好きな人にだけツンデレを発揮してしまう意地っ張りの、
もうほとんど勝負が着いている恋愛の駆け引きである。(完)
ーーーー
引用
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(著)、河野万里子『星の王子さま』新潮社(P102)
サブタイトルを雪世 明良さまのコメントから拝借しました。語呂が良かった!!!
「無表情だけど言葉が素直すぎる系Sっ気×ツンデレ気味な姉御肌の同級生ラブ(仮)」 肥前ロンズ @misora2222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます