あくまにうったもの
大隅 スミヲ
あくまにうったもの
吾輩はWEB小説家である。
作品の書籍化経験は、まだない。
椎名ソウタは悩んでいた。
自分の夢をかなえるためには、悪魔に一番大事なものを売らなければならないのだという。
一番大事なものとは、何だろうか。
まずは、それに悩んだ。
「等価交換だからな、それを忘れるなよ」
山羊頭の悪魔はそういうと、にやりと笑みを浮かべる。
一番大事なもの。
机の本棚にあるライトノベル小説に紛れ込ませている、薄い本。
本当は悪魔に売りたくはないのだが、自分の夢をかなえるためにソウタはその本を悪魔に売ることにした。
「これでいかがでしょうか?」
ソウタは薄い本を悪魔に差し出す。
薄い本を受け取った悪魔はそれを開いてパラパラとめくる。
山羊頭の悪魔の表情は変わらない。
「あんた馬鹿なの?」
山羊頭の悪魔はソウタのことを見下したように言う。
「え?」
「この薄い本とあんたの叶えたい夢っていうのは、等価なのかって、は・な・し」
「いや、でも、これは、おれにとって大事なものだし」
「じゃあ、聞くけれど、あんたの夢って何よ?」
悪魔は薄い本を床に投げ捨てるようにして、ソウタにいう。
投げ捨てられた薄い本を慌てて拾ったソウタは、その本を大事そうに抱えて答える。
「しょ、小説家。おれの書いた作品を書籍化すること……です」
「それが、この薄っぺらい本と等価なの?」
「い、いや……」
「でしょ? きちんと等価交換できるものを持ってきてもらわないと」
「わかりました」
ソウタはしょんぼりと
一番大事なものって、なんだ。
ソウタはもう一度、しっかりと考えた。
家族……。いや、それはダメだ。人としてダメだ。
じゃあ、なに?
おれの一番大事なもの……。
あ、これだ!
突然、ソウタはひらめいた。
漫画でいえば、頭の上に豆電球がピカッてする状態だった。
「おれの一番大事なものを持ってきました」
「なに?」
「これです」
ソウタは両手を広げて見せた。
「え? 何もないじゃん」
「これですよ」
ソウタは自分のことを指さす。
「はい?」
「おれの一番大事なものです」
「なんなの。馬鹿なの?」
また山羊頭の悪魔がおれのことを罵る。
「その山羊頭を取ってくださいよ」
「な、なんでよ」
「取ってもらわないと、おれの一番大事なものを売れないんですよ」
「はあ? なんなのよ、悪魔に命令をするつもり」
そう言いながらも、悪魔はしぶしぶ被っていた山羊頭の仮面を脱いだ。
やっぱり思っていた通りだ。
ソウタは山羊頭の仮面の下から現れた顔を見て、笑みを浮かべた。
山羊頭の悪魔の正体は、クラスメイトのミトちゃんこと、
「おれの大事なものを売ります。それはおれのファーストキスです」
「バ、バッカじゃないの」
三戸さんは顔を赤らめながらおれにいう。
「おれのファーストキスを買ってください、悪魔様。いや、三戸さん」
そうソウタが言った時、三戸さんの右手が巨大なハンマーに変化していた。
「死ね、クソ童貞野郎が!」
ハンマーがソウタの顔に直撃する。
ものすごい衝撃音で、椎名ソウタは目を覚ました。
目を開けると、そこは自分の部屋の床の上だった。
「あ、あれ? 三戸さんは?」
床に打ち付けた顔がものすごく痛かった。
痛い。これは夢ではない。
ということは、さっきのが夢なのか。
ソウタは愕然とした。
どうやら、小説を書いているうちに寝落ちしてしまったようだ。
そのまま椅子から転げ落ちて、ソウタは顔面から床に落下していた。
「ああ、せっかくの悪魔との取引がっ! 三戸さん、三戸さん、おれのファーストキッスを」
そう大声で叫ぶと、壁がドンっ! と鈍い音を立てた。
「うるせえぞ、小僧。何時だと思っているんだっ!」
隣の部屋にいる双子の姉のミズキが怒っている。
ソウタは慌てて自分の口に手を当てて、声を押し殺した。
吾輩はWEB小説家である。
作品の書籍化経験は、まだない。
あくまにうったもの 大隅 スミヲ @smee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます