ファースト・コンタクト

壱単位

ファースト・コンタクト


 その惑星は、灼熱のなかに産みおとされた。


 灼熱はながい、ながいあいだ続いた。それでもやがて、その所属する太陽系由来の雑多な元素が相互に反応しあい、惑星を冷却するのに適した無機物を形成した。無機物は集積し、雲となり、雨を降らした。


 雨はとてもおおく、赫く焼けた地表をすっかり冷やしてもまだ降り続いた。数億年途絶えなかったその雨は、惑星の表面がほとんど水に覆われてしまって、ようやく、やんだ。


 雨はまた、地表の無機物と作用することで、大量の有機物と、大気とをうんだ。大気は、この幼い星をつつむむつきであり、揺籃ゆりかごだった。


 恒星がはっする核融合のひかりは、あつい大気と雲によって穏やかにゆるめられ、水の表面にやわらかくふりそそいだ。


 しずかな時間が、ほしのうえを、ゆっくりと、ゆっくりと、通過した。


 やがて、奇跡がおこる。


 水にふくまれた有機物をとりこみ、酸素を生成する、なにかがうまれた。それはこの惑星で最初のいのちであり、あるいは、宇宙にありふれた、神の摂理のちいさな体現のひとつにすぎなかった。


 いのちたちは、はげんだ。与えられたひかりを、最大限に、歌った。


 なにが目的でもない。なにが正しいのでもない。ただ、ただ、そこにあって、ひかりを帯びて、未来を目指した。場所により、環境により、すがたをかえ、異なるかたちのなかまを生み、数をふやし、やがて、水に満ちた。


 いのちが満ちた水は、とおい未来に、かれらの子孫によって、海、と呼ばれることになる。


 彼らがうんだ酸素は、大気の組成に影響し、上空からのひかりをさらに柔らかなものとした。だから、彼らのうちのいくらかが、水の引きはじめた地上へあがったときにも、そのからだが灼かれることはなかったのである。


 海に別れをつげたいのちは、地上であたらしい世界をつくりはじめた。それぞれがおもむくままに、与えられたひかりを上手につかい、あるものは地に根を張り、あるものは空を舞い、あるものは他者を喰らって、いのちを表現した。


 ながい時間がたち、やがて、彼らのうちのひとりが、知った。知ることを、わかった。そのことが彼に、火をあたえ、道具を得させた。道具は、彼とそのなかまに日々の糧を得ることを容易にさせ、また外敵から身をまもることを可能とした。


 地上では最弱に位置付けられるべき彼らは、いまや、王となった。


 道具は、文明をつくった。文化を生み出した。彼らは安寧のなかに時間をおくるようになる。


 しかし、安寧はまた、みずからが必要とする日々の糧いじょうのものを求めることを、彼らに教えた。彼らは、はじめて、満ち足りたなかでの渇きをしった。悪魔というものがあるとすれば、その誕生は、おそらくこのときだったのだろう。


 地上の王たちは、たがいに、あい争った。


 憎み合い、傷つけあい、屠りあった。どちらの生活圏がよりひろいかという命題に、集団は、その構成者の生命を賭けるようになった。


 彼らが持つ道具は、皮肉なことに、その争いをつうじてさらに発達し、洗練された。音よりはやく飛ぶ武器をもち、翼を要せず空をとび、あるいは、地上すべてを灼きつくすことが可能な炎を、手に入れた。


 そうしていくども、いくども、彼らは滅亡のふちにたった。


 失ったひかりと、焼却された涙の総量は、地上のあらゆる質量を価値に換算したとしても、贖い切れるものではなかった。


 重い悔恨が、ようやく彼らの刃を、折った。


 おられた刃は、かたちを変え、あたらしい道具となり、人々の暮らしをたすけた。傷が癒えたひとびとは、もう、地上でたがいの姿だけをみることを、ちいさな揺籃でうずくまっていることを、やめた。その目をたかく、空に向けるようになる。


 もっと、高く。もっと高く。もっと。もっと……。


 そらへ。宇宙そらへ!


 かつて他の国を灼くために飛ばされた武器は、雲をはるかに突き抜けて、ずっとずっとたかく飛ぶために役立った。戦火を耐えるようにつくられた素材は、空気の少ない場所でも生き延びるためのたすけとなった。とおく派遣した軍隊と連絡をとるための手段は、そらをゆく彼らの目と、耳となり、ふるさとに残るひとびととことばを繋ぐことを可能とした。


 ながい時間をかけ、彼らはついに、揺籃ゆりかごを離れてひとりで歩く技術を手に入れた。


 たくさんの有志が、ほしをはなれ、とおくとおく、旅立った。


 時間がたち、いくつもの世代をこえ、もう母なるほしの姿を覚えているものもいなくなったころ。


 彼らのうちのひとつに、それが届いた。


 宇宙空間を漂流してきたそれは、無限にちかい確率の偶然をこえて、彼らのふねに、近接した。


 ちいさな、板だった。


 が、なにかが刻まれている。


 人工物だった。その発見のしらせは、ほかの銀河系を旅するなかまたちにすら報らされ、そのぜんいんが沸き立った。研究者たちは興奮し、総力をあげて分析に取り組んだ。


 かれらはとうとう、出逢ったのだ。


 ほかの文明、ほかの知性。


 きょうだい、に。


 そのことがなにをもたらすのか、だれにも予想はついていない。が、あの海からはじまったいのちたちの奔流が、いまここに結晶しようとしていると、なんの理由もなく、しかし誰もが感じていた。


 やがて、解読がおわった。


 未知なる知性の、簡潔なあらまし。それと、その母星の名が、記されていた。


 彼らがきいたこともない、とおい銀河の、ちいさな惑星の名。


 地球。


 その星は、懐かしい母星とおなじで、蒼い海をもつという。



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