第4話 加藤君

 給食を食べながら、私は加藤君の挑発ちょうはつに乗ってやろうと決心を固めていた。何よりこっちには全く身に覚えがないのに、ここまであからさまに敵意を見せられては到底とうてい納得がいかなかった。見知らぬ私に何故なぜそこまで敵意てきいを持つのか問いたださずにはいられない。牛乳を飲みながらチラと加藤君を見ると素知そしらぬ顔でチキンライスをスプーンで口に運んでいた。

 

 給食が終わって片付けをしながらふと加藤君の方を見ると、その姿が見えなくなっていた。既に体育館裏に向かったのだろうか。私も給食の片づけを終え、給食衣きゅうしょくいを脱いで片づけるとおもむろに教室を後にした。廊下は昼休みを思い思いの場所で過ごそうと移動する生徒で込み合っていた。その喧騒けんそうの中、私は集中力を高めていた。加藤君が忍者間での特別な会話を操れるとすると、彼も忍者の稽古を積んだ者という事になる。下駄箱で外靴に履き替えると、私は体育館裏に向かった。


 グランドから体育館裏に回り込むと、それまで聞こえていたサッカーやらドッジボールをやっている生徒たちの声が急に小さくなり、急に別の世界に飛ばされたような妙な錯覚さっかくに私はとらわれた。

 静かだった、遠くで車が通る過ぎる音が聞こえてくる。その時だった、背にした体育館の壁側に殺気を感じ、私は咄嗟とっさかがみながらバスケットボールのピポットターンのように体を反転させた。何か小さくて白い物が一瞬前まで私が立っていた頭の位置を通り過ぎた。ただ私は殺気がした方向から目をらさなかった。背中の方で何かが学校の外側に張り巡らされたフェンスに当たって〝ガシャン〟と音を立てた。それに続く〝ポンポン〟という軽い音。私に向かって投げつけられたのは少年野球部が使用しているゴム製のボールのようだ。私は視線をらさずの先に見えるものに集中した。そこには体育館の壁しかない…が私は直ぐに違和感いわかんに気が付いた。

木遁もくとんの術の応用ね。加藤君、そこにいるのは分かってるわよ。」

 よくよく見ると体育館の壁に盛り上がって見える箇所があった。私は素早い動作で足共に転がっていた松ぼっくりを拾うと、その壁の盛り上がりに投げつけた。松ぼっくりが狙い通りの場所に当たると「いてっ!」と声がして壁から壁と同じ色の幕がパラリと落ちて加藤君が現れた。

「さすが服部半蔵はっとりはんぞうの名をぐ者、木に化ける木遁もくとんの術、転じて壁への同化術どうかじゅつ、よくぞ見破みやぶった。また僕の攻撃をけたのもさすがだ。」

 何かと上からの物言ものいいが〝カチン〟ときた私は腕組みをして彼を睨むと宣言した。

「私は服部半蔵はっとりはんぞうの名はがない!私には花音かのんという名前がある。他の名前なんからない!」

「何を言っているんだ?」加藤君の顔が驚きの表情に変わった。「服部半蔵はっとりはんぞうの名は伊賀忍者の棟梁とうりょうを示す通り名だぞ!」

「そんなの全然ぜんぜん関係ない!」私はさらに畳みかけて聞きたい事を聞いた。「何で加藤君は私を敵視てきししているの?私あなたにどこかで会った??」

 私の剣幕けんまくに押されて加藤君がった。そして少し照れたように頭をきながら弁明を始めた。

「いや…敵視てきしなんてそんな。僕の加藤家も代々忍者の家系なんだ。ただ戦国時代、加藤家は信玄公率いる武田家に仕えていたので、徳川家に仕えていた服部家のように江戸時代には日の目を見なかった。だから…その劣等感から代々加藤家には服部家の動向が伝えられ、僕も小さい頃から加藤家の事は聞かされてきた…」

 私はびっくりした。我が家の事なんて、また我が家が忍者の家系だなんて家族以外は誰も興味はないし、知られていないと思っていたからだ。

「…君のおとうさん、現在の棟梁とうりょう服部半蔵はっとりはんぞうは忍者塾を開き、世間に隠れて忍者を多数養成している事。そして日本を、いや世界を忍者の技で支配しようとしている事。そして次の服部半蔵はっとりはんぞう候補は女の子で、幼い頃から途轍とてつもない忍者の才能を発揮していると。そして神の計らいか僕の父の都合で転校した学校に、次の服部半蔵はっとりはんぞう候補がいるというではないか…」

 私はあまりにでたらめな話にいた口がふさがらずにいた。

「僕は誓った。服部家の次期棟梁と切磋琢磨し、二人で力を合わせて再び忍者が認められ、尊敬される日本にすると。」

 私は再度足元の松ぼっくりを拾うと加藤君の向けて投げつけた。松ぼっくりは見事に加藤君のひたいのど真ん中に当たり、彼は再び〝いてっ〟と言ってひたいを抑えた。

 

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