第7話 弟子入り希望

あねさん、待ってくださいよ。」

 佐助さすけが後ろから話しかけてくるが、私は無視して歩き続けた。更にその後から加藤君もついてきているようだ。しばらく歩くと周りに同じ学校の子の姿は見当たらなくなっていた。そこでやっと私は立ち止まると振り向いた。

佐助さすけ、私ずっと言ってるわよね。『あねさん』とは呼ばないでって。変でしょ、同学年の男子が女子にあねさんって。」

「だって忍術を学ぶ身としておとうと弟子の俺に取って兄弟子の花音かのんさんはあねさんや。」

「だったら稽古の時だけそう呼べばいいじゃん。学校であねさんって呼ぶ必要ある?」

「そんな公私混同こうしこんどうは俺にはできひん。」

佐助さすけ公私混同こうしこんどうの意味分かってる?」

 私は〝やれやれ〟と首を横に振った。

「私はね、学校の友達に忍術の稽古をしていることは知られたくないの」

あねさん、忍術習う事は恥ずかしいことちゃいまっせ!」

「ええい、話の腰を折るな!えーと、あなたのなりたい忍者に一番必要な事は?」

「忍び耐える事!」

「では忍ぶとは?」

「人目を避けて我慢する。」

佐助さすけ、もう一度!」

「えっ、人目を避けて我慢する…」

 私は佐助さすけの顔に顔を近づけてゆっくりと復唱した。

「そう、ひ・と・め・を・さ・け・て・我慢する。忍術の稽古してることがばれたらどうするの?それが人目を避けてると言える?」

 そこでやっと佐助さすけは合点がいったように頷いた。

「さすがあねさんや、俺自分が色々な事が出来るようになるのが嬉しくてついつい忍者の本分ほんぶんを忘れとったわ。」

 私は大きな溜息ためいきをついた、このやり取りを佐助さすけと交わすのんは何回目だろうか。

「あの…私は花音さんを何と呼べばいいのですか?」

 加藤君がタイミングを待っていたかのように私に問いかけてきた。

「普通に読んでくれればいいわよ。服部でも花音かのんでも。」

「分かりました。では自然に服部さんと呼ばせてもらいます。僕の事は下の名前、段蔵だんぞうと呼んでください。僕の本名ですし、前の学校でもみんなからそう呼ばれていました。」

「分かったわ。でもまだ転校してきたばっかりの男子に呼び捨てはないわ。まずは加藤君と呼ばせてもらうわね。」

 そこで佐助さすけが口を挟んできた。

「なんか『さん』とか『くん』とか他人行儀やないですか?」

 私は目にも止まらぬ速さで佐助さすけにデコピンを食らわすと、〝痛ってー!〟と額を抑える彼と加藤君を置いて歩き始めた。


 家の前まで来ると振り向いて後からついてきている加藤君に確認した。

「加藤君、私について家まで来たのはとうさん会う為、本格的な忍術の稽古をとうさんにつけてもらいたいという事でいい?」

 加藤君は自分に問うように少し間をおいてから大きく一つ頷いた。

「じゃ佐助さすけ、加藤君に稽古服を貸してあげて。それから加藤君、まだこの時間は一般の〝忍者塾〟の生徒さんたちが稽古してるの。生徒さんたちが返るまでは控えの間で控えていて。いいわね佐助さすけ。」

 佐助はうなずき、加藤君を我が家の隣の敷地にある『忍者塾』の看板がかかった道場にいざなった。


 私は二人が道場の裏に消えるのを見届けると家に入った。私の『ただいまー』の声に、母が『お帰り』と声を返してくる。私はまずは居間に入って母に報告した。

かあさん、今日は先に道場に行ってくる。とうさんに合わせたい子がいて。」

 かあさんはそれだけで察したようだった。

「分かったわ。本当の忍術を学びたい。またその資質がありそうな子が現れたのね。」

「資質があるかどうかはとうさんが判断するでしょうけど、忍者の末裔よ。」

「その子の名前は?」

加藤段蔵かとうだんぞう君。」

 かあさんが目を見開いた。

「加藤段蔵の子孫?忍者の間ではその名を知らぬ者がない忍者の名家めいけね。分かったわ、食事はあとね。」

「ごめんなさい、かあさん。」

  私は〝ごめん〟と手を合わせると二階の自室に向かった。

 

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