第8話 新しい弟弟子

 私は稽古着に着替えると家の隣の敷地にある道場に向かった。表門から入るとちょうど一般の生徒さんたちが稽古後の礼の前に正座で黙想をしているところだった。私は静かに生徒さん方の後ろに移動しながら私に気が付いたとうさんに目配せをすると静かに正座した。

「一同、礼!」

 とうさんの掛け声に合わせて10人程の生徒さんが正座の姿勢から深々と礼をして稽古が終了した。

「ふー、今日もきつかった」「コンビニ寄ってく?」

 皆、緊張を解いて稽古後の心地よい疲れを満喫しているようだった。

「あれ花音かのんちゃんもいたのかい?」

 近所のおばさんが私を見つけて声を掛けてきた。

「おばさん、こんばんわ。部活があるので最後の礼だけ。」

 そう言って〝ペロッ〟と舌を出した。

「さあ遅くならないうちに帰った帰った。風邪をひかないよう気を付けてな。」

 とうさんは私がこんなタイミングで現れた事で何かあると察し、さり気なく生徒さん方が帰るよううながした。


 とうさんと私以外道場にいなくなると、早速父とうさんは私に問いかけた。

花音かのん、どうした?」

「今日、クラスに転校生が来たんだけど…誠の忍者修業がしたいって。」

 とうさんの右の眉が〝ピクッ〟と反応した。

「どこで誠の忍者の事を?忍者の末裔か?」

「そう、加藤段蔵の子孫だって。」

「〝とび加藤〟の子孫、それは有望じゃないか。」

「そうかな。加藤君の〝木遁もくとんの術〟、すぐ分かるぐらいつたなかったよ。」

「〝とび加藤〟の子孫なら、得意とするのは幻術系だろうな。」

 ちょうどその時、加藤君を後ろに従えて佐助さすけが道場に現れた。佐助さすけとうさんの前に距離を置いて正座した。加藤君もそれにならう。とうさんと私も正座して向き合う。

押忍おす、師匠。」

佐助さすけが正座のまま深く礼をすると、残りの三人も礼をした。直ったところでとうさんが声を掛けた。

花音かのんから聞いた、加藤君だね。」

「はい、初めてお目にかかります。加藤段蔵かとうだんぞうです。ご存じと思いますが、先祖は戦国時代に上杉謙信や武田信玄にちょっかいを出した忍者と言えばお判りでしょう。」

「加藤君、ここに来たという事は本格的な忍術を学びたい、という事でいいかな。」

「はい、我が加藤家は幻術においては色々な秘術を伝え持っていますが、忍者としてバランスがいいとは言えません。風の噂で戦国時代から脈々と引き継がれる伊賀の棟梁から忍術を学べると聞きました。僕にも是非お教えください。」

「加藤君、私は表向きは「忍者塾」という看板を出して、忍術をベースにして適度に体を動かしたり、サバイバル術を教えている。誠の忍術を教えるにはいくつかクリアしなければならない条件がある、それら条件は必ず守らなけらばならない。」

 加藤君はとうさん目をしっかりと見て頷いた。

「では一つ目の条件。誠の忍術を学ぶ者はその事を口外してはいけない。」

 加藤君が答えた。

「守れます。」

「二つ目の条件は当たり前だがこの現代において忍術を使って人を殺めてはならない。」

「もちろんです。」

「最後に忍術は誰に教えても身につくという代物ではない。その資質を見せてもらおう。」

「我が一族に伝わるは幻術。しかしそれは正直幻覚を誘発する薬を嗅がせたり、前もって仕掛けを用意しておいて驚かすなど準備がです。」

「我が服部家に伝わる忍術の中心は体術と剣術だ。稽古もそれらが基本となろう。幻術以外の忍術が全く伝わっていないという事もあるまい。仮にそうだったとしても、一度手合わせをすれば、君が忍者としての稽古を受けるに足る資質を持っているかはわかるでしょう。」

 そう言うととうさんは立ち上がり、左手をやや前にして両手を突き出した。加藤君と組み手をするつもりだ。加藤君もそれを察してか立ち上がり礼をすると身構えた。

花音かのん審判を頼む、打撃は寸止め、時間は5分。」

 私は立ち上がると二人から距離を置き、道場の壁に掛けてある時計を確認すると「はじめ!」と声を掛けた。

 とうさんは体を左に捻るといきなり左手の裏拳を飛ばした。加藤君はとうさんとの距離がまだあったせいもあるが余裕で後ろに交わした。がとうさんはそのまま体の回転を止めず、さらに回転すると右足の甲を加藤君の左側頭部に飛ばした。しかし加藤君はそれにも反応してちゃんとガードを固めていた。とうさんがガードの前で蹴りを止めて体勢を整える為に足を下ろした瞬間、今度は加藤君が前蹴りを狙って右足を伸ばした。しかしその足はとうさんに受け止められてしまった。が次の瞬間を加藤君はとうさんに取られた右足を軸に、左足の甲をとうさんの右側頭部めがけて打ち込もうとした。しかしとうさんはそれを察知して掴んでいた右足を離したことで加藤君の左足は空を切った。とうさんの顔がニヤついている、手応えを感じているのだろう。少し距離を取ったままの睨み合いが続いたあと、今度は加藤君が仕掛けた。体をさっきのとうさんとは逆の右に捻って一回転しながら稽古着を脱ぐとそれを回転の勢いを利用して右手で父さんの顔に投げつけた。がその瞬間、加藤君が二歩だけの助走で父さんに向かって飛び上がった。その跳躍力は明らかに小学生のものではなかった。そして角度的にとうさんは投げつけられた稽古着に気が行ったのか視界を遮られたのか対応が一瞬遅れた。とうさんの頭上に現れた加藤君は足を延ばして顔面への蹴りの姿勢に入り、そしてその姿勢を解いた。

「一本!そこまで!」

 勢い余ってぶつかってきた加藤君をとうさんが抱き止めた。

「なかなかやるじゃないか、加藤君」

 加藤君は慌てて数歩下がると正座をして頭を下げた。

「今の君の技、初見の者ではなかなか防げないでしょう。仕掛けるタイミング、そして小学生離れした跳躍力、いいでしょう。君が望むなら私の持っている忍術をお教えしましょう。」

 頭を上げた加藤君が顔が喜びで溢れた。 

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 そう言うと加藤君は再び深々と頭を下げた。

「ついに俺にも弟子が出来たわ。あんたの事はダンゾウって呼べばええか?」

「はい、ダンゾウとお呼びください。」

 私は新しい弟弟子が出来た事は嬉しかったが、クラスメートに弟弟子がいるといういう状況に、一抹の不安も覚えていた。


 

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花音はくノ一修行中? 内藤 まさのり @masanori-1001

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