第6話 部活の風景

 午後の授業が始まっても、さっきの昼休み、体育館裏での三人のやり取りが私の頭から離れなかった。佐助さすけのバカが加藤君に、とうさんが私と佐助さすけに本格的な忍術の稽古をしていることをあっさりとばらしてしまうと、加藤君は大興奮で「僕にも稽古を受けさせてください!」と私に頭を下げてきた。私はそんな加藤君に「私が決める事じゃない!」とだけ言うと、加藤君と佐助さすけを残してその場を後にし、教室に向かったのだった。

 私はこれ以上とうさんが弟子を取るのは反対だ。それはまず、学校に二人ぐらいなら私が忍者の稽古をしてるって事はばれないと思うからだ。それに私以外のもう一人、佐助さすけが忍者について何か口を滑らせたとしても、学校では普段からイジられキャラの佐助さすけだ、なんだかんだ言って誤魔化ごまかせると思っていた。しかしそれが三人になる事はどう考えても私が忍術の稽古をしている事がばれるリスクが大きくなるように思われた。 

 私は忍術の稽古をする事は嫌いではない。例えば木刀を振るう稽古はソフトボールのバッティング技術の向上に役立っているし、私が県下でも有名な陸上競技のオールラウンダーとして常に活躍できているのは、幼い事から父に叩き込まれた、忍者の走りや跳躍の技術がベースにある事に疑いようがない。

 しかし私が忍術の練習をしていると学校のみんなが知ったらどう思うだろう。きっと「この令和の時代に忍者?」とか「12歳になって忍者ごっこ?」とか学校の笑いものになるに違いない。それだけは避けたかった。


 放課後になって私は着替えると更衣室から走り出た。頭の中のもやもやは体を動かすことで吹き飛ばそう、そう考えに整理をつけていた。二つの運動部を掛け持ちする私のルーティンはこうだ。日が高いうちはソフトボール部で守備やバッティングの練習をし、薄暗くなってからは陸上部に合流して走り幅跳び、走高跳そして800mの練習を気分やコンディションに合わせて練習をさせてもらっていた。

花音かのん待ってよ、どうしたのそんなに急いで。」

 後ろから亜季あきが声を掛けてきた。

「なんかスカッとしたくて。今日は打撃練習、最初にやらせてくれないかな。」

「何言ってんの、いつも陸上部との掛け持ちを理由に最初に打たせてもらってるじゃん。それよりどう?転校生の加藤君。背も高いしなかなかかっこよくない?」

 頭から振り払いたい加藤君の話題が出て、私は気分が下がるのを感じながら曖昧あいまいに答えた。

亜季あきの好み?確かに背は高いけどかっこいいかは微妙だな。」

「はいはい、スポーツ万能、学園のアイドル花音かのん様には釣り合わないと。」

「そんなこと思ってない。ほらキャッチボール始めよ。」

 私はベンチに道具を置くと、グラブだけ持ってグランドに飛び出し、まだグラブをはめていない亜季あきに向かってボールを投げる振りをした。


 グランドに私の長い影が伸びている。私はソフトボール部の集団で作り出す活気の中で自分のテンションが上がっていく時の感覚も好きだが、この陸上部での自分と静かに向き合う時間も大好きだ。右斜めに前に位置する走高跳のバーをじっとにらむ。1メートル40センチ、これが私の自己記録だが今はその1メートル40センチにバーがセットされている。私は右利きで、大抵の右利きの選手は踏切が左足になるそうだが、私はなぜか右利きだが右足でしか踏み切れない。だからおのずとバーを右前ににらむ位置からの助走となる。頬を撫でる風が心地よい。私は〝挟み飛び〟で美しくバーを越える自分の姿をイメージすると、大きく息を吸い込み助走を開始した。一歩一歩を足のバネを感じながら加速していく。助走しながらバーとの距離を測ると、右手と左足を振り上げ、右足で地面を蹴って体を宙に持ち上げる。そしてすぐに踏み切った右足を体に引き付ける。過去の成功体験が〝行ける!〟と脳に信号を走らせる。体がバーの上を越えていく。もう大丈夫だ。マットに立ち上がってバーを見ると揺れもせずにそこにあった。

「やった!」

 自然とガッツポーズが出る。跳躍系の陸上部員からの拍手がパラわたいパラと聞こえた。その拍手に笑顔で答えつつも内心〝忍術の『垣根かきねえ』ならあと20センチは高く飛べるのに〟と考えていた。『垣根越え』とは大人の身長程度の塀を飛び越える技で、側方倒立回転跳びからバク転、バク宙とつなげて飛び上がり、障害を飛び越える技だ。だがもちろん体育の授業では習わないそんな飛び方をすれば「危ない」とか「だれから教わったのか」と大問題になるだろう。



  部活動が終わり、着替えて家路につくと校門のところで佐助さすけと加藤君が立ち話をしていた。私を見つけると早速佐助さすけが話しかけてきた。

あねさん、お疲れ様です。」

 そう言うと佐助さすけが頭を下げた。するとその横で加藤君も頭を下げた。

あねさん、今日の稽古に段蔵だんぞうもつれていきたんやけどええですか。」

 見ると加藤君が〝うんうん〟と頷いている。私は〝プイ〟と横を向くと二人を置いて校門を出た。



 


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