第5話 半蔵の名を継ぐこと

「ねぇ、忍者の扱う情報は常に正確じゃなきゃだめじゃん?」

 私は加藤君に近づきながら言った。

「それはもちろん…ん?何か今の情報に間違いがあるのか?」 

 私は一度深いめ息をつくと、真実を教えてやろうと口を開いた。

「まず父が『忍者塾』なるものを経営しているのは事実だわ。でもね、生徒さんには悪いけど父が教えているのは忍術ではなく忍術の要素を取りいれて体を動かす『運動教室』よ。実際に人を殺す殺人技や諜報活動の仕方を教えるなんてできない。確かに世界中から生徒さんが来ているわ。でも目標は『世界の支配』ではなく、生徒さんの健康の向上ね。それにね、この塾、父の副業なんだけど、いいお金になるんだって…」

 私の話が進むにつれて加藤君の顔に落胆の色が広がっていった。

「…それにね、さっき服部半蔵はっとりはんぞうの名前をがないという話はしたけど、私は大きくなったら『普通の大人』になって、忍者だった事は隠して、というか時には忘れて普通の生活がしたいの。…そりゃ、幼い時から生活の中で忍者の稽古をしてきたのも事実よ。でもそれは早く走れるようになったり泳げるようになるのが楽しかったのと、普通の生活にも役立つ知恵があるからよ。将来『服部半蔵はっとりはんぞう』になりたくて頑張ってきたわけじゃないの。」

 ついに加藤君は下を向いてしまった。そして元気のない声でつぶやいた。

「そんなに忍者っていやかい?僕は優秀な忍者になりたい。忍者の技は人間の知恵の結晶だ。僕は…僕は加藤さんと忍者の稽古で切磋琢磨せっさたくまし、成長できることを楽しみにこの学校にやって来たんだ…」

 私は少し加藤君の事がかわいそうになってきた。また加藤君が忍者である事をほこりにしているとうさんと重なって見えた。

「えーと加藤君、よく聞いてね。私は『服部半蔵はっとりはんぞうの名はがない』と言ったけど『忍者が嫌い』とは言ってないわよ。」

 私の言葉に顔を上げた加藤君だが私の言葉の意味が分からず〝ポカン〟と口を開けている。

服部半蔵はっとりはんぞうの名をぐという事は忍者の棟梁とうりょうになるという事。とっても大変なの。大人になっても常に忍者であり続け、次の代の服部半蔵はっとりはんぞうを養成し、また本当の忍者の意味を知った上で、その技の伝授を希望する者が適正てきせいのある者であれば、忍術を教えてあげなければならない…私はそんな風に自分の運命をしばられたくない。」

 その時だった、「だれ?」加藤君以外の人の気配を察知さっちして私は叫んだ。

あねさん、そいつにそこまで話してええんですか?」

 声がする方を見たが誰もいない。が、この声の主は私のよく知った者の声だった。

佐助さすけ、出てきなさい!」

 すると間髪かんぱつ入れずに私の目の前に上方から何かが舞い降りた。膝をついた姿勢で顔を上げたのは私と同じぐらいの歳の男の子だった。

佐助さすけ、盗み聞きは良くないわよ。それにあねさんって呼び方しないでって何度言ったらわかるの?私の方が歳上みたいに聞こえるじゃない!佐助さすけと私、同じ学年よね?」

 「何言ってるんですかあねさん、盗み聞きは忍術の初歩の初歩じゃないですか」佐助さすけは立ち上がると加藤君を睨みながら続けた。「それに俺は半蔵師範の弟子、そして俺にとってあねさんは兄弟子。あねさん以外に何と呼べばええんですか?それに何です?師範があねさんや俺に陰で本当の忍術の稽古してるのバラしてるやないですか!」

「バカ!」私は佐助さすけしかり飛ばした。「私はそこまで言ってない!」

 「佐助さすけさん!服部半蔵はっとりはんぞうが弟子を取ってるんですか!」

 加藤君が一転、希望に満ちた表情で佐助さすけに問いただした。

「おおよ、花音かのんあねさんが一番弟子。そしてこの俺、三雲幸吉みくもゆきよしが二番弟子だ。だが俺の先祖は皆も良く知る大忍者、猿飛佐助さるとびさすけや。俺のことは佐助さすけと呼んでんか。」

 私は佐助さすけのバカさ加減に頭を抱えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る