花音はくノ一修行中?

内藤 まさのり

第1話 我が家の普通(?)の朝の風景

「おはよ…」

  眠たい目をこすりながら階段を下りた私は、台所で朝食の準備をする母に朝の挨拶あいさつを済ませると、リビングにあるテーブルの椅子に座った。

「おはよう。今ハムエッグ焼いてるから先に顔を洗ってらっしゃい。」

 かあさんがフライパンの中でフライ返しを動かしながら背中で言った。

「はーい…」

 私は立ち上がると洗面台に向かった。鏡を見ながら「フワーッ」欠伸あくびをしたその時だった。後ろに殺気を感じて私は素早く身をかがめた。頭上すれすれに何かがかすめる。続いて「ふふふ」と満足そうなとうさんの笑い声が聞えた。

「おはよう、花音かのん。今朝もいい反応だ。」

 警戒しながらとうさんの方を見ると、丸めた新聞を手に満面の笑みだ。

とうさん、まぁよくきもせず毎朝毎朝攻撃してくるわね。」

「そりゃそうだ。お前は〝服部半蔵はっとりはんぞう〟の名をつぐぐ者。どんな時も油断が無いよう訓練しているのだからな。」

「私は半蔵はんぞうの名をぐ気はないわ。そもそも私は女の子よ。一生、花音かのんで結構。」

「何を言う。我が服部はっとり家において第一子は、必ず忍術を伝授でんじゅされ、一人前の忍者になったあかつきには由緒ゆいしょある『半蔵はんぞう』の名前を受けぐことになっている。だいたい『半蔵はんぞう』の名は『とお』であって本当に名前が変わるわけじゃない。」

「とにかく忍者になんて興味ないわ。小さい時から忍術の稽古けいこは楽しかったけど、それは走るとか泳ぐとか色々な事が上達するのが楽しかったから。忍者になろうと思って頑張がんばってきたわけじゃない。」

 父さんを“キッ”と睨むと私は勢いよく顔を洗い始めた。にらんだ時の父さんの悲しそうな顔に胸が〝チクッ〟と痛んだが、私は顔をあげると父さんとは視線を合わさずにタオルで顔を拭きながら居間に向かった。


 リビングに戻るとパンが焼けるいい匂いが部屋中に充満していた。弟の小南こなんも起きてきていて、パジャマのままトーストの角にかじりついていた。

「おはよう、小南こなん。」

「ンぐ…おはようねえちゃん。」

 朝の挨拶を交わしてトースターを覗くと、中のトーストがこんがりといい焼き色になっていた。私はトースターのスイッチを切るとにトーストを取り出した。かあさんが焼けたハムエッグを皿に乗せてテーブルに置きながら言った。

「今日は陸上部とソフトボール部どっちの練習に出るの?おとうさんは少なくともどちらかにしぼって忍術の稽古けいこ時間を増やして欲しいとなげいているわよ。」

 私は箸でハムエッグを皿からつまみ上げ、トーストに乗せながら答えた。

「私はね、エンゼルスの大谷翔平のように、陸上とソフトボールの二刀流で有名になるの!今日も練習は両方!!」

 私はハムエッグにケチャップをかけるとそれをケチャップがこぼれないようにトーストを丸めるとかぶりついた。すかさずかあさんのチェックが入る。

「こら!その食べ方止めなさい!行儀ぎょうぎ悪いわよ!」

「あのね、時短じたんって言葉知ってる?女の子の朝は忙しいの!」

 私は五口ごくち目でお手製即席ハムエッグロールをすべて口の中に押し込むと、大好きなお湯に溶かすだけのトマトスープで胃の中に流し込んだ。

「そんなに急いで食べると体に良くない!」

 またいつものかあさんのチェックが入ると、リビング入ってきたとうさんが変な理由をつけて取り成した。

「まぁまぁおかあさん。昔から〝早飯はやめし早糞はやぐそ忍者のたしなみ〟ってね。」

「お父さん、子供の前で変な事言わないで。それを言うなら〝早飯早糞早算用はやめしぐそはやざんよう〟でしょう?それに忍者のたしなみじゃなくて昔の奉公人ほうこうにん職人しょくにん心得こころえよ。」

「あれ、そうだっけ?」

 私は朝から両親のゆるいけ合いを聞かされ、〝やれやれ〟と首を左右に振りながら席を立ち、登校の準備をする為に自分の部屋がある二階に向かった。

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