第2話 我が家の秘密

 「行ってきまーす!」

 玄関で背中越しにそう声を上げると私はローファーのつま先を床に〝トントン〟してかかとを入れながら玄関ドアを開けて外に飛び出した。


 我が家には人に言えない秘密がある。私の家族は一家揃いっかそろって忍者なのだ。更に私の遠い祖先は伊賀忍者の棟梁とうりょう服部半蔵はっとりはんぞう』。由緒ある服部宗家はっとりそうけ、つまり本家筋ほんけすじなのだ。

 と言っても『服部半蔵はっとりはんぞう』を知らない人もいると思う。このご先祖様は徳川幕府を開いた徳川家康に仕えた人で、忍者の棟梁とうりょうにもかかわらず、戦場では甲冑かっちゅうを着てやりを振り回し、先頭を切って敵陣に突っ込んでいくような武闘派ぶとうはだったらしい。

 最初にとおさんから「うちの先祖は忍者で『服部半蔵はっとりはんぞう』だ。」と聞かされ、古びた家系図かけいず巻物まきものを見せられた時、先祖が忍者であるという話も〝ピン〟と来なかったし、「服部半蔵はっとりはんぞうってだれ?」って思った。けれど東京の皇居こうきょには『半蔵門はんんぞうもん』という門がある事を知り、インターネットで調べても『服部半蔵はっとりはんぞう』の名前とに説明がっていた。「服部半蔵はっとりはんぞう」は実在した人物で、忍者である事に間違いはなさそうだった。

 そして面倒臭めんどうくさいいのが服部はっとり家はその棟梁とうりょうが代々『半蔵はんぞう』というとおり名を受けぐしきたりになっている事だ。実際に徳川家康に仕えた『服部半蔵はっとりはんぞう』も実は二代目の服部半蔵はっとりはんぞうで、本当の名前は服部正成はっとりまさなりという名前だったそうだ。そして時は流れて今は私の父、服部正盛はっとりまさもりが『服部半蔵はっとりはんぞう』のとおり名をいでいる。そして父さんは私にそのとおり名をがせようと考えているのだ。


「おはよう、花音かのん!」

 考え事にふけっていた私は美波みなみ挨拶あいさつで現実に引き戻された。危うく私を待ってくれていた美波みなみの前を通り過ぎるところだった。

「おはよう、美波みなみ…」

「あら、今日が元気がない日?花音かのんは気持ちの起伏きふくが顔にすぐ出るから分かりやすくていいわ。」

 そう言って美波みなみが〝ポン〟と背中を押したのを合図に私たちは並んで歩き出した。

「で、また例の…忍者になるかならないかの話?」

 美波みなみが少しだけ声を潜めて聞いてきた。実は幼稚園からの幼馴染である美波みなみには、物心ものごころが付く前から我が家が忍者である事を話しているので今更隠す必要はない。しかも、そもそも美波みなみが忍者の話を信じていない可能性もあるが、他の人に漏らしたことが一度もない。だから私は美波みなみにだけは安心して家庭の事を相談できるのだ。

「そう、また忍者がらみの話…とうさん、直接私には言わないけど、かあさんが言うには陸上かソフトボールかどちらかに絞って忍術の稽古の時間を増やして欲しいんだって。」

「なるほどね~。で、花音かのんはどうするの?陸上かソフト、どちらか止めるの?」

「止めるわけないよ。私はね、陸上とソフトの二刀流を目指すんだから。」

「忍者も合わせて三刀流?」

「いやいや忍者は無い!」

 私は顔の前で右手を激しく左右に振って美波みなみにらんだ。

「もうふざけないでよ美波みなみ。」

「私は少し期待してるんだけど。私の親友、実は忍者なんです…って。」

 そう言うと笑いながら美波が走り出した。

「こら、待て美波みなみ!」

 そう言って美波みなみの後を追って走り出そうとしたとき。私は誰かの視線を感じて立ち止まった。そしてすかさず視線の感じた右斜め後ろを仰ぎ見たが、その道路横の擁壁の上には誰もいなかった。

「気のせいか…な。」

「どうしたの花音かのん?」

「ううん、何でもない。」

 そう言って歩きだした私は気付かなかったが、擁壁の上に人の影が現れ、歩き去る私達を見眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る