見えない道
人を恨んではならないと、父は言った。
いじめに遭い、泥まみれの体操服で帰宅した娘に対して、だ。
中学の頃のいじめは悲惨だった。
同じ部活で仲良くしていたはずの女子から、突然無視されるようになった。
それがだんだんエスカレートして、部活をやめた。
それでもいじめは止まらず、いまでも言葉にできないほど、散々いたぶられた。
助けてくれたのは、2人の同級生だった。
2人のおかげでなんとかいじめは終わったけど、私はすでに多くのものを失っていた。
自尊心は崩壊し、人と関わるのが怖くなった。
家族さえも信じられず、心の内など話せるはずもなかった。
心療内科には何年も通い続けることになる。
人ごみや騒音の中にいると、パニックを起こしてしまう。
たびたび記憶がよみがえっては動機がして、息がとまりそうになる。
もちろん、まともに学校なんて通えない。
まるで、見えない道のうえをひたすら進まされるような毎日だった。
おびえながら、泣きながら、足元をたしかめながら。
楽しみも、生きる価値も、未来も、すべて奪われた。
こんなにも多くのものを奪われてなお、あいつらを恨んではならないというのか。
私をいじめたことを悔いてなどいない、あいつらを。
あれから10年がたった。
本当に少しずつではあるけれど、小さな楽しみを、苦しみから解放される時間を見つけられるようになった。
人と関わらずにできる仕事を探して、模索しながらなんとか生きている。
私の情緒が落ち着いたのは、長年付き合った子と婚約したからだ。
その相手は、あの時私を救ってくれた同級生。
同性なので籍は入れられないけど、私には左薬指の約束さえあればじゅうぶんだ。
もう1人の同級生とも、仲は続いている。
時々連絡をとり、たまに顔を合わせて話す。
彼女は、私が彼女に依存することを受け容れてくれている。
だから、信頼できる。
2人のおかげで、私はなんとか生きている。
父はすこし前に、飲酒運転の車に撥ねられて死んだ。
人を恨まず、人を信じ、人を赦して生きてきたはずの父は、あまりにあっけなく無慈悲に死んでしまった。
父がどういう気持ちであの言葉を言ったのかは、ついぞ聞けないままだった。
死んでしまった父ともう一度話せるのなら、『あなたを殺した犯人を恨んでないの?』と聞いてみたい。
私は結局、私をいじめた女子達を恨んでいる。
さすがに、殺してしまいたいと思うことはなくなった。
2人が私のそばに居てくれる限り、2人を悲しませたくないからだ。
恨んでも仕方ないということも、ようやく理解した。
奪われたものは、元には戻らない。また一から自分で、自分を築き上げていくしかないのだ。
それでも、人の手によって人生を台無しにされたという思いは、一生消えない。
気が済むまで恨み、呪ってやろうとは思っている。
私のように、苦しんで、泣き叫んで生きればいい。
見えない道を進む恐怖を、いつか味わえばいい。
24歳のしずかな悲鳴 pico @kajupico
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