[5] 発火

 結末は後味の悪いものだった。

 沖春菜は令によって昏倒させられた直後、待機していた統合局局員によって拘束・護送されていった。

 静葉が見届けたのはそこまででその後、彼女は統合局によって取り調べを受ける、予定だった。


 いつものように図書室の片隅で本を読んでいたところ令がやってきた。

 まーた厄介ごとか、さすがに今度は間隔短いことだし断ってもいいだろ、と考えていたところ令は

「沖春菜について彼女がどうなったか知りたければ教える。あなたにはそれを知る権利がある。けれども知りたくなければ無理に知る必要はない。別段愉快な話ではないのだから」

 と言った。


 静葉は沖春菜と接触した段階で不穏なものを感じていた。

 結論から言ってしまえば、彼女はなんらかの精神干渉を受けている可能性が高かった。

 感情の分布があんまりにも不自然だったのだ。常時揺れが少ない一方、反応がある際は激情まで一気に上昇する。そのような動き方をする感情を静葉は今まで見たことがなかった。

 自分と似たような系統でさらには何段階も強大な能力者、そんな存在ならば1人の少女を変形させ、一定の条件が揃った時だけ能力を発動させるようにすることができるかもしれなかった。

 何の根拠もない仮説にすぎないが。

 そうしたことも含めて令にその推測を伝えておいた。


 静葉は令の問いかけに頷く。それは責任といったようなものに由来するのではなくて、自身を守るために事実を知っておかなければならないような気がしたからだった。

「沖春菜は覚醒後、尋問を開始するより先に、発火し焼失した」

「……それは自分の意志で?」

「わからない。がそれは自動的に発動したというのが局の見解だ」


 息を深く吐き出し目を閉じた。正面に令は座ったままだがその存在を極力忘れて自己の内面に静葉は意識を集中させる。

 まず彼女の持ってきた情報は本当か? おそらく本当だろう。

 短い付き合いだが銀令のことはある程度わかっている。彼女は気まぐれで嘘をつく人間ではない。嘘をつくとすれば必ずそれなりの理由を持っているはずだ。

 令自身が局から誤った情報を得ている可能性も低い。彼女は静葉と違って内部の人間だ。下っ端に近いようだが粗略に扱われているわけではない。偽の情報を与えられているとは考えにくい。


 沖春菜は自らの発する炎によって焼かれて死んだ。これは真実である。

 自分の意志でなければだれによって? この結末まで干渉によって書き込まれていたと考えられる。

 静葉自身の能力を基準に考えてそれをずっと伸ばしていった先には確かにそれがある。けれどそれが本当に可能なのか不可能なのかわからない。

 あるいは能力というものの限界について完全に理解している人間などこの世界にいないのかもしれない。


 そもそも沖春菜がどうして能力を持っていたのか? 先天的それとも後天的?

 目的は何だったのか? 彼女自身のつぶやきから考えれば私情が多く混じっていた?

 何一つとしてわからない。語る前に彼女は燃えてなくなってしまった。


 目を開く。令はまだそこに座っていた。そんなに長く考え事をしていたわけではないのだから当然だろう。

「ひとまずこれでこの事件は終わりだ。協力感謝する」

 あくまで事務的に彼女はそう言った。

 銀令の感情を読み取ることはひどく難しい。

 静葉の能力は万能ではない。その能力の存在を知っていれば人は警戒する。警戒すれば感情を隠そうとする。

 そうして意図的に隠された感情を読み取るのは簡単ではない。精神の集中と消耗を有する。またその探索を相手に悟られる可能性は高い。友好な関係を望むなら隠しているものを無理に暴くことはない。


 伝えるべきことは伝えたと判断して令は席を立つ。遠ざかってゆくその背中を静葉はぼんやり眺めた。

 銀色の髪は夕日に照らされ薄い赤色を帯びている。新調された手袋もまた紅に染まっていた。まるで作り物みたいに綺麗だなと思った。それを本人に伝えることはないけれど。

 文庫本を鞄にしまう。つづきを読む気になれない。せめて場所を変えることにしよう。

 立ち上がって大きく伸びをした。ずいぶんとくたびれている気がするのはさっきの会話のせいだろう。

 できれば彼女にも局にも関わりたくない。それが静葉の偽らざる本音というやつだった。

 普通の範疇にいることは難しい。それでもできる限りそこから離れたくはない。

 理由はなんだろう? 案外、思考の量的問題が関係してきそうだ。図書室から出ていきながらそんなことを思った。


 ずっと後のことになるが静葉は令についてあらゆる手段を使ってでも知ろうとしなかったことを悔やむことになる。より正確に言えばその意志を尊重したことが正しかったのか、それともそれに逆らってでも彼女の奥底に秘められた思いを暴くべきだったのか、どちらがよかったのか思い悩む羽目に陥る。もちろんその時の静葉にはそれを知ることはできなかった。いや知っていても十分に理解できない以上、結果は似たようなものになるだろう。つまりはこの記述にあまり大した意味はないということだ。

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