能力者たち

緑窓六角祭

[1] 依頼

 深山みやま静葉しずはには不思議な能力がある。

 肩で揃えた黒髪に濃い茶のフレームのメガネ。図書室の、ほとんど人の立ち入らないような片隅で、ハードカバーを読む姿は、普通の女子高生に見える。人の輪からはいくらか外れているかもしれないが、それでも普通の範囲内におさまる、と本人は考えている。


 その能力がいつから自分にあったかはよくわからない。存在を認識したのは10歳前後のことだ。ある日それが特殊な力で他の人には備わっていないものだということに気づいた。

 家族やほかの周囲の人間に相談することも検討した。が結局それをすることはなかった。彼らが自分と同じ能力を持っていないのであれば話したところで有効な解答は得られないと思ったからだ。

 また静葉が自身の能力を秘匿しているのにはもうひとつ理由がある。彼女はその能力がそこまで強力であるとは考えていない。具体的には企業、国家といった大規模な組織に狙われた場合、自分を守り通せるほどに強大な力であるとはとてもじゃないが思えなかった。

 今もってその結論は変化していない。故に静葉は家族を含む周りの人々に能力を秘密にしている、『たったひとりの例外』を除いて。


 ふと影が差す。

 銀のショートカットが視界をよぎる。静かに椅子を引くと静葉の正面に彼女は座った。

「ミヤマシズハ」

 彼女が呼ぶ自分の名前はどこか平板に聞こえる。ただの音を並べているだけみたいな。文字であらわすなら漢字でなくカタカナで書かれているような。

 名前を呼ばれたからには無視しているわけにもいかない。静葉は顔を上げて彼女に視線を合わせた。


 しろがねれい

 輝くような銀の髪に整った顔立ち、ただでさえ目立ちすぎるというのに、彼女はいつも右手だけ手袋をはめている。白色で触り心地のよさそうな手袋はぴったり肘まで伸びて彼女の前腕を隠す。

 同じクラスだが教室で話したことはないと思う。あったとしても挨拶か事務的な言葉のやり取りがせいぜいだろう。彼女が話しかけてくるのは今みたいな周りに人のいない状況だ。そっちの方が私にとっても彼女にとっても都合がいいから。


「協力してもらいたいことがある」

 そうしていつも厄介ごとを持ち込んでくる。

 静葉は小さくため息をついて読みかけの本にしおりを挟む。依頼の形をとっているがそれはほとんど命令に近いものだ。拒否することはできなくもないが損得を勘定すれば受けざるを得ない。

 理由は簡単で、彼女こそが静葉の秘密を知る『たったひとりの例外』だから。


 令は静葉に向かって机の上に紙状のものを滑らせた。3枚の写真。手に取って眺める。

 1枚目。多分校内のどこか。裏庭あたり? 見覚えがない。とにかくあまり人の出入りがないところ。中心に映っているのは1本の木。種類はわからない。真っ黒に焦げてかろうじて形を保つ。

 2枚目。これも場所は不明。というか背景が何の変哲もないアスファルトで手がかりがなさすぎる。目を引くのは鳥。鳩っぽい。地面に横たわる。触れば崩れそうなほどに焼け焦げていた。

 3枚目。今度は犬だった。さすがに眉をひそめる。近所の公園だろうか。遠くに遊具らしきものが見える。大きさ的には中型犬ぐらい? これでもかというぐらいしっかりと焼き上げられている。


 静葉は感想をもらす。

「趣味が悪いですね」

「いずれもここ2週間で発生した。能力者の仕業である可能性が非常に高い」

 令は静葉の感想に取り合わず、淡々とそう告げた。

 それについては静葉も同意見だ。いずれのケースも燃えているのは対象のみで他の部分には広がっていない。不自然なほど綺麗に限定されている。工夫を凝らせばできなくもないが手間がかかる。

 常人がそれを行ったとは考えづらい。いや執念でもってこの現象を達成させたとすれば、その時点で常人の枠内からは大きく外れているか。それは今気にするところではない。


 能力者――その存在を知る者の間では常識では考えられない能力を持った人間のことをそう呼んでいる。

 静葉だけではない。この世界には一定数の能力者が生存しているが基本的にその存在は世間の大半の人々に対して秘匿されている。

 なぜか?

 令はそれについて説明していたような覚えがあるが、静葉は忘れてしまった。あまり興味がないから。

 統合局と呼ばれる組織があるという。名前はどうだっていい。多数の能力者が所属し彼らは自分たちの存在が公に知られないように動いている。各国政府とも協力関係にあるらしい。

 すべての能力者が統合局に所属しているわけではない。基本的に非能力者と協調する路線をとる統合局と対立するグループもある。ただし彼らもその存在を秘匿するという考えについては一致している。

 結果として能力者のうち圧倒的多数はその存在を公表しないことを望んでいることになる。理由はどうあれ静葉もその意見には賛成する。


 令は統合局に所属する。故に能力者の存在が公になりうる事態があれば、それについて調査・対処を依頼されることがある。

「容疑者は3人だ。今から話を聞きに行く」

 それだけ言って令は立ち上がるとすたすたと歩きだしていた。

 厳密には静葉は統合局の人間ではない。けれども彼らと敵対するつもりはないし、できればいい感じの関係を保っておきたいと考えている。

 自分の能力は対人捜査において非常に有用だ。現時点で危険度はあまり高くない、恩を売っておくのも悪くはないだろう。放課後、日が沈むにはまだ時間がある。ハードカバーをかばんにしまう。

 犯人が非能力者であれば話は簡単だ。令ひいては統合局が事件にかかわる理由がなくなってそれでおしまい。能力者であれば――その時のことはその時で。

 暗くなってしまう前に片が付いたらいい、そんなことを考えながら静葉は席を立った。

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