[2] 調査

 旧校舎4階、理科室の窓からは件の燃え尽きた木の残骸がよく見えた。

「ついつい実験に夢中になってしまってね、気がついたらすっかり暗くなってしまっていたんだ。さすがに帰ろうかと思っていたところ、何かがおかしいと気づいたんだよ。外が変に明るいんだ、それもどういうわけか地面の側から照らし出されてる、びっくりしたね」

 田山幸次、2年男子。体形はやせ形で身長は平均より高い、総じてひょろりとひ弱な印象を受ける。化学部所属で白衣を羽織っているとより不健康な感じが増す。実際はどうだか知らない。

 第1の事件の目撃者、早口で神経質そうに彼はまくし立てるように言った。


「いやもう慌てたよ。どうすればいいのかわからなくて30秒ほどただ眺めてたかな。それからようやく消防車とか呼んだ方がいいかと思ったんだけど、あんなにも激しく燃えさかっていた炎が一瞬にして消えてしまったんだ。2度目のびっくりだね、窓を開けてみたけどやはり炎は跡形もなかったよ」

 田山は一応職員室に報告するだけして家に帰ったのだという。

 その後についてつけくわえるなら教師たちが現場を確認したところ、すでにそこには焼け焦げた木が残るばかりで、それ以外の炎の痕跡は見つけられなかった。彼らは通報することをせずおざなりに水だけ撒いてそれで終わりにした。


「だれも見てないかな。木が燃えていた時、近くに人がいたようには思えないよ。僕の記憶の中には誰もいない。ただ赤々と燃え上がっていた、その光景だけが脳裏に刻まれてる。あの時じゃないけどいつもあの木の下で寝てた女子生徒ならいたね、最近は見てないけど」

 田山は炎について語る時、ずっと遠くを眺めるような眼をしていた。まるでそれが今もその場所に存在して、それに魅せられているかのような表情。どこか危険な色を交えていたがそもそも化学部の田山と言えば、やばい実験をしているやばいやつと評判だったので、そんなに深く気にするものでもないかもしれなかった。


 沖春菜はまだ1年の教室に残っていた。放課後、学校で自習してから帰る習慣があるそうだ。

「確かその日も1時間ほど自習してから帰ってた時だったと思います。まだ少しは明るい時間帯でした。特に何かを考えてたり注意してたわけじゃなくて、ぼーっと歩いてましたね。でも人間ってだいたいそんなものじゃないですか。いつも繰り返す動作を特に意識してることなんてないです」

 黒の前髪は長く若干目にかかって陰気なイメージを与える。姿勢もうつむきがちで、その外見にたがわず引っ込み思案で、話を引き出すのに苦労した。

 けれども一度話し始めれば第2の事件について、真っ黒に燃え尽きた鳥を発見した際のことについて、するすると語ってくれた。


「気づいたら足元にあったんですよ。空から落ちてきたのかな、でもそんな音はしなかったように思います。最初はそれがなんなんだか、わかりませんでした。じっと立ち止まって見下ろしてたらだんだん形がはっきりしてきたんです。鳥の死骸だって思い当たったときにはそれはもう怖かったですね」

 今もすぐ目の前にそれが存在するみたいに沖は体を震わせた。写真を通してみるよりも余程おぞましい代物であったらしい、あるいは彼女の感性が鋭すぎるせいなのかもしれない。


「そのまま逃げるように帰ったんですが、黙ってるのも怖くなってお母さんに話しました。それでお母さんが警察に通報したみたいで、ちょっとした事件になったみたいです。だれか人間がそれをやったんだと考えたくないです、そんな人が近くに住んでいると思うとぞっとしますね」

 小動物から始めて徐々に対象が大きくなっていってついには人間を手にかける――とはよく聞く話だ。そういう意味でも野放しにしておくわけにはいかないだろう。

 犯人が能力者であるなら通常の捜査機関には手に余る。逆に非能力者の仕業なら統合局の関わる話ではない。せめてそのあたりだけでも明確にする必要がある。


 大蛇森雫は会うなりガンを飛ばしてきた。

 いわゆる不良。もとより目立つ生徒で彼女の居場所を探すのは簡単だった。話のついでに沖に聞いてみたら知っていた。

「うるせえな。何の権限があっててめえら嗅ぎまわってんだよ。私は無関係だっての。偶然通りがかっただけだ。ほらそこの歩道あんだろうが、夜に通りがかったら犬ころが燃えてたんだよ。変なことに犬だけだ、他は何も燃えちゃいなかった」


 公園で食べかけのパンをハトに投げつつ大蛇森は答えてくれた。長身で明るい茶の長髪のポニーテールで、常にびしびしと威圧感を発している女が、そんなことをしているのはどこか不似合いだった。

「もういいだろうが、とっとと失せな。私は何も見ていないんだ、だから二度と来るんじゃねえ。これ以上おしえられることなんて何一つないんだ。てめえらも何のつもりか知らねえけど、余計なことを探り回るのはやめとけ。そんなことしたところで無駄に痛い目見るだけだぞ」

 手元のパンがなくなる。それを察したのか、ハトたちは一斉に彼女のもとから離れいった。あるいは他の目標へとたかりにいったのだろうか。いずれにしろ現金なものだ。賢いとも言うかもしれないが。


 陽が落ち暗くなってきた。街灯がぽつんぽつんとつき始める。

 第3の事件の現場、通学路。この近辺に犬の亡骸があったという。特に手がかりはないようだ。

 前を歩いていた令はくるりと振り返る。おあつらえ向きに周りに人の姿はない。静葉にむかって問いかけた。

「能力者はだれ?」

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