[3] 判明
静葉は自らの能力を感情操作と名づけている。
自身及び他者の感情を操作する。令によれば精神干渉系に属する。記憶改竄も可能な能力者もいるというが、静葉にはそれはできないと思う。微妙に系統が違う気がする。
有効範囲は狭い。3Mが限界といったところ。離れれば離れるほどしんどくなるし、複数人にかけるのもくたびれるからやりたくない。人によってかかりやすさも違う。ざっくり言えば相手の親密度次第なところがある。こちらを受け入れてくれるかどうか。
操作しようとする方向によっても抵抗感が異なる。例えば怒ってる人をもっと怒らせるとか、笑いかけてる人の笑いをとめるとか、そういうのは楽にできる。逆に泣き叫んでいる人を一瞬で泣き止ませるとかそういうのはかなり難しい。
普段は使うことはない。疲れるから。
あとは副次的に他人の感情がおおよそ読める。
読めると言っているが視覚だけに頼っているわけでもない。場の状況から感じ取れるものを総合して頭の中で組み立ててる感じ。それでも視覚が一番重要でそれを欠いていると精度ががくんと落ちる。
こちらの能力は操作と比べて消耗が少ないので日常的に使っている。便利。そういう機微にさとい人より少し正確か、あんまり変わらないといった程度の能力だけど。
要するに深山静葉は聞き込み調査にすごく重宝する人間であるということだ。
ある程度の距離まで近づくことができれば、警戒心を強制的にゆるめることも難しくない。いきなり何の権限もない少女2人が訪ねて来たのにぺらぺら喋ってくれたのはその力によるところが大きいだろう。相手の嘘や動揺を見破るのもたやすいことだ。信頼性も高い。
ただし直接会わない場合、電話を通じてとかだと何の役にも立たないけれど。
ライトブラウンのポニーテールが左右に揺れる。遠くからでも見失う心配はしなくていい。いったいどこへ向かっているのだろうか。わからない。案外家に帰ろうとしてるだけなのかもしれない。
基本的に一匹狼で群れることを嫌い、授業をよくさぼり教師に対して反抗的だが、それ以上の悪い噂は聞いたことがない。かく言う静葉もまた人付き合いが悪いせいでそうした情報に疎いだけかもしれないが。
大通りを離れわき道にそれる。こちらにとっては好都合。静葉は令と目を合わせる。タイミングをはかる。遅すぎても早すぎてもいけない。
令は小さくうなずいた。歩き出す。なるべく音をたてないように、地面の上を滑るように。静葉にそんなマネはできない。まあ多少遅れても問題はないだろう。
小さな人影がひとつ。頼りなくふらふらと歩く。前方にだけ集中しているせいだろう、背後への警戒がまるで感じ取れない。令にとってそれをとらえるのはたやすいことだった。
肩を叩く。少女はびくんと大きく背中を震わせ、反射的に振り返る。沖春菜。第2の事件の発見者。怯えた目でこちらを見ている。
「話が聞きたい」
端的にそれだけ令は彼女に告げた。
正直なところ聞き取り調査を経て、静葉にはだれが能力者だかわからなかった。いつもより気合を入れて感情を探ってみたが、嘘をついている人間はいなかった。けれども犯人につながる手がかりは見つけられた。
大蛇森雫。
彼女はいずれの事件にも多少のかかわりがあった。第3の事件は当然として、第1の事件で燃えた木はもともと彼女がたむろしていた場所だったし、第2の事件で焼かれた鳥も彼女がエサを与えたうちの1羽だったのかもしれない。
なにより彼女はこちらに過剰なまでの警戒心を抱いていた。静葉の操作ぐらいでほとんど崩れないほどの強さの警戒心。彼女は何かを知っている。そのうえで一連の事件に関わりたくないと思っている。そうした思考を静葉は推測することができた。
その推測は当たっているかもしれない、外れているかもしれない。
いくらかは根拠のない部分がまじっていることも含めて、静葉は令に自らの考えを話した。令はしばし目を閉じてから、大蛇森を尾行することに決めた。
状況は決定的なほどに差し迫ってはいなかった。だめならだめで別の手をまた考えればいいだけだった。だが運のいいことに一発であたりを引いたらしい。その日のうちに獲物が網にひっかかった。
元より人通りの少ない場所、大蛇森もすでにここを離れた。そのあたりの心配はしなくていい。
令の背中越しに沖の様子を眺める。明らかな動揺を示す、わざわざ能力を使うまでもない。
本当にこの子が何か事件に関係があるのか? 疑問がよぎる。
いや彼女はあまりに関係しすぎている。状況は彼女を黒だと示す。
だが状況だけだ。この場所に立っているのも偶然にすぎないという可能性も捨てきれない。
他者の感情が読みとれる。それゆえに静葉は混乱していた。
沖は口を開かない。黙ったままだ。
しびれをきらしたのか、令が強めの口調で問いかける。いやいつもそんなような口調かもしれない。とにかく圧をかけていることはわかった。
「大蛇森雫に何をしようとした?」
その瞬間だった、沖春菜の目の色が変わったのは。
比喩表現ではなしに、彼女の瞳の色はさっと濃い赤へと変化していた。
同時に感情が膨れ上がる。怒り、憎しみ――とにかくこちらに対する害意が爆発的に生じて、一気に解き放たれた。そんな感情がいったいどこに隠されていたというのか?
「私の邪魔をしないで!」
少女は咆哮する。足元から熱波が噴き出してきた。
まずい、反応が遅れた。それがどんな能力であるのか正確なところはわからない。ただこれまでの事件からきわめて攻撃性が高いのは確か。たった一撃が致命傷になりうる。
ぐっと後ろ襟をつかまれる。景色が前方へと流れていく。足を動かしていないのに。喉が苦しい。そんなこと言ってる場合じゃないのはわかってるけど。
さっきまで立っていた場所が赤熱していた。あのままそこに立っていたらどうなっていたのか? 多分、木や鳥や犬と同じ、真っ黒になるまで燃え上がっていただろう。
令が静葉の体ごと後ろに引っ張ってくれた。沖の間合いがわからないがひとまず助かった。仕切り直し。彼我の距離は約3M。対象は敵対の姿勢を崩さない。
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