第271話 姉と弟【2】



  *



 異能御三家は総じて、腐っている。

 知ってた。

 ずっと昔から。私が、幼少のころから。

 私が、御三家名瀬の長女、稀代の天才、碧次元の使い手「碧い閃光」として広まるよりずっと前から。


 その一面として、御三家や名門異能家の嫁入りがある。

 彼らの基本的根底には自分達の血筋を沢山産ませ、できる限り一族を反映させようという薄汚れた思惑と、才能ある異能者を引き当てる確率を高めようというクソみたいな見込みがある。


 要するに、御三家に嫁いだ女性は大抵が、否……ほぼ全員が数回妊娠する。いや、妊娠させられる。まるで家畜のように。

 御三家に所属する旦那側がさせたくなくても、無理強いされる。守らなければ波紋となる。

 異能力者に兄弟姉妹、血縁者が異常に多く感じられるのはそのため。

 特殊な成長促進薬で胎児の年齢を弄り、妊娠時期を早めるなんてことも珍しくない。


「うわぁ……かわいいわ」


 初めてのお披露目。私は心の底から思った感情を口にした。そこには醜い打算もなく、狡猾な計算もなく、ただ真に思っている事だけを。なんのフィルターも、礼儀も通さずに、母に向かって言った。

 そもそも私はまだとても幼く、しっかり喋れるようになってからそこまで期間が空いていなかった。


「へへ、そうでしょ? だって私の子だもの」


 美しい容姿の母は、信じられない美声をもってその音を口から発した。その母の旧姓を森嶋美音という。

 別の血筋同士の異能者が宿す子は異能力をもって産まれてこない。この現象をこの界隈では「異能遺伝子の殺し合い」と呼んでいる。

 名瀬一族と伏見一族の男女が交配しても二限異能者は生まれない。また、どちらの能力も持たず無能力者として産れてくる。では異能者を増やすにはどうすればいいのか。同族同士か、無能力者との交配が絶対条件。

 美音ははは、紛れもない無能力者の一般人女性だった。


「ふふ」


 彼女は、体内年齢的には零歳ほどの赤んぼを抱え、愛おしそうに何度も「彼」の鼻へキスをした。

 彼――その赤んぼは「統也」という名前に決まった。

 いつか世界を統べる王になって世界を変えてほしい、という母の想いが籠っている名前だ。


「抱っこしたい。させてよママ」

「だめ。まだ小さいんだから、びっくりしちゃうでしょー? もう少ししたら、いくらでも抱っこさせてあげるから。ねー?」


 母はそう言って綺麗に笑い、「いいお姉ちゃんになるんだよ?」と、小さい私でも分かるくらいに美しく諭した。その姿、立ち振る舞いは「美しさ」そのものだった。



  *



 母が黒羽玄亥という殺し屋に殺された、と知らされてから数年。同時期、父もどこかへ姿をくらませた。旬という人曰く、ちちは母が殺され頭がおかしくなってしまったらしい。

 母の死の原因が「影人」だと知り、私は「影人」を許さない、「因子体」を許さない、「悪魔」をこの世から駆除する、と決意し自らの使命とした。

 私を支える全てのモチベーションはそれによって保たれ、異能も大体のことはできるようになり、対魔法の術を身に着け始めている時期。私は晴れてか、小学一年生になった。


 ある日、スケルトンレザーの自立型ランドセルを身に着ける私は、統くんを伏見邸に送るさ中、彼から、


「お姉ちゃん、オレはいつになったら異能が発現するの?」


 そうクエスチョンを受けた。


「……えっとね、統くん。お姉ちゃんね、そういうの詳しくないのよ……。だから……そう! 旬……伏見のお父さん。伏見のお父さんに聞いてみるといいわ」


 私はそう言って誤魔化した。誤魔化すことしかできなかった。

 いや、逃げたの。苦笑いしながら。

 自分は曲がりなりにも「碧」次元のプリズムを構築、顕現できる空間制御方式を持っているのに、弟にはそれがない。しかも『境界』の中でも緑の次元はかなり純度が高めで、数十年、百年単位でみても稀な存在だったらしい。所謂、天才だと。

 そんな評価を周りから受ける私が偉そうに「あなたには才能がないから無理よ」なんて、口が滑っても言えなかった。

 だから誤魔化すのに伏見旬の名前を出した。これが私の「過ち」だったのかも、そう気付くのは十年もあとの話。


 そして何より、私はこの弟を愛しているの。大好きよ。だから傷付けたくなかった。

 いっつもお姉ちゃんお姉ちゃんって言って、引っ付き虫みたいにくっついてくるの。可愛いでしょ。

 普段はクールを気取ってるのに、本当は寂しくて、母も失って、仕方なく私のとこに来るの。

 可愛い。ほんとに。


「お姉ちゃん、オレ……」


 そう言って、ラッコのように私に抱き着いてくる統くん。

 きっと誰だろうとこの統くんを目に映せないはずよ。これから先も、この姿を見るのは私だけ。

 姉である私の、永遠の特権。永遠の約束。いつもクールで冷静っぽい弟の、この可愛らしい姿を目に収められるのは、私だけなの。


「なぁーにぃ、統くん」


 私は優しく、さらさらしたその髪に触れ、何度も何度も撫でてあげた。

 きっと彼に恋人が出来ても、この統くんは私のもの。一生離してあげないわ。


「なあ杏子姉ちゃん……いや、『杏姉』ちゃん。オレ、大好きだよ」

「ええ、私もよ。だぁぁい好き」


 猫なで声で返した私は、彼のつむじにキスをした。いつだかの母のように、おそらく客観的に見た場合「愛おしそうに」と形容されるであろうほど愛でた。何度も。

 そのあと近寄ってきた白愛。


「あたしもーーーー」

「うん」


 彼女にも同じことをして、三人で抱き合った。


「あなたと白愛は、絶対に守るわ。きっと、何があっても」



  *



「”あなたを絶対に殺すわ。何が何でも、よ”」


 オレはこれを、この現実を、この悪夢を、どうやって受け入れればいい。

 この姉の姿を。この変わり果てた存在を。目の前の彼女を。


 いや、見た目などどうでもいいのだ。彼女がどんな異形の姿をしていようと、バケモノに成り下がろうと、オレの見ている杏子は杏子だ。

 それは理緒だろうと、命だろうと、凛だろうと、茜だろうと同じ。


 本当に大切な人に対しては、その本質しか捉えていないつもりだ。ここでいう本質とはその人の隠された性格、本性などを指しているわけではない。その人という人格、人間性そのものを指している。


 だから、どんな醜い姿になっても彼女らを蔑んだりはしない。

 無論、可愛い理緒が好きだった。魅せてくる命が好きだった。たとえ、自分と人種が違うと分かっていても。影人になれる、そんな存在だとしても。


 だがそれは全く別の問題だ。


 なあ、杏子。


 オレはどうすればいい。


「ドーピング……無理くり虚数術式を演算できる状態にすることを指してたんだな。そのための影人細胞植え付けってところか」

「”あなたはこんなことをしなくても、その才を持っていた。憎いわ”」

「…………」


 影人細胞への拒絶反応に対する処置などはどうしているんだろうか、などと大してどうでもいいことを考えながら、オレは別のことを視野に入れる。今の彼女と繰り広げる会話ほど無意味なものはないだろう。自我と本能が入り交じり、杏子自身が何を発しているかさえ理解していないはずだ。いや、そう思いたい。


「――――」


 感情をかみ殺して、その隙を利用し演算を開始した。

 何の演算か。


「“位相”」


「“収束”」


「“虚ろな彗星”」


 俺が紡ぐシュレーディンガー詠唱、弱者の演算。今回はその規模に狙撃的な微調整を加えるため、術式調節、制御が不得手なオレはこうして詠唱を利用するしかないのだ。


「蒼次元」


 そのときより右手へ集まる虚像の藍は球体状に生成され、極限まで収束を受ける。その後、仮想的な『檻』によって抱擁され、一種の弾丸として為る。サイズはいつものより規模が大きい。


「収束式」


 しかし、まだこの『蒼玉』は放たない。

 そしてオレの右手が向けられているのは杏子ではなく三時の方角だった。ノーロックで右手を真っ直ぐ伸ばし、照準を開始。

 杏子はそれを見て、表情に疑問符を浮かべる。


「”……? 何を……?”」

「顔も確認しないまま、すまないとは思っている。だが、許してくれ。今のオレに気を遣う余裕はない」


 オレはその右手の方角を向き、浄眼にて初めてその遠方のを確認した。


「――――」


 実は予め気付いていたことがある。杏子が広域で展開した『檻』に特殊な細工がされてあったこと。それが選別式であること。

 マッハを超える物体の透過を許可する選別式だとも、浄眼で解析を終えている。


「通過可能を『金属だけ』などという風に選別すれば、確かにこちらには勘付かれやすくなるが、一方でオレが成せる反撃の手立てはなかったものを。なまじ『マッハを超える』などと設定したせいで――」

「”っ……!! まさかッ気付いたの!?”」


 ――オレに反撃を許してしまうことになる。


「気付いたと言うか、気付いていた、だな」


 自身の肉体最深部から蒼い電弧が生じるさ中、皮膚表面へと素早く走る電撃。

 異能『檻』はその発動の三割が、実は発電と同様の仕組みである。『檻』はその三割が発電系の能力なのだ。

 発電系を利用して体内電荷の増幅と複写を果たし、とある演算を済ませる。とある術式を組み上げる。


「”くっ、統くん!!!!”」


 叫び、凄まじいスピードで走り出し接近を狙ってくる杏子。


 オレの権能『再構築』というのは高次元の「再現」として発動することもできる。

 配色因子や異能体に排他的な要素がなければ、特に凛の扱う異能『月夜術式』などの情報を読み取り精細に解読することで、再構成、発動できる。限定はされるが、オレでも彼女の術式を活用できる。当然本人からの許可は得ている。

 体感、経験からオレが運用できる凛の術式は、「蒼いラムダ粒子」を利用する『重粒子バリオン電離切断プラズマブレード』や蒼煉監禁『封獄』、そして――――。



 虚電拡張『λラムダ



 ――茜の虚数術式の効果と反対、ということになる。



「『雷電誘導』」


 

 その刹那、轟音と共に電場のレールを走る『蒼玉』は蒼い閃光を纏って電気溢れるままに撃ち出された。

 狙いは……だ。


 推量するに杏子が雇った狙撃手なのだろう。今から配置につく段階なんだろうが、散らばられると片付けるのに手間取るので、このフェーズで始末することにした。

 遥か遠方、彼らが身を潜めていた草木の生い茂る一帯へ、蒼いレールガンを打ち込み、衝突したのか、爆散する電気エネルギーの拡散を確認。ギュイーン!!!という電気エネルギー音の末、始末をつけた。


「これで邪魔は入らない。喜べ杏子、正真正銘二人きりで戦える」

「”ッ!!”」


 杏子は高速接近を継続し、ついにオレへ到達。その後肉弾戦を仕掛けてくる。

 重い回し蹴りを撃ち出してくるが、その足には『檻』が纏われている。煌めく碧。


「はぁぁぁぁ!!」

「ッ」


 オレは『檻』の障壁を展開し防御を果たすが、衝突の際、爆風とも呼べる嵐が起こり、周囲の木々は激しく揺れた。まるでサイクロンだ。

 一帯の空間ごと巻き込んで干渉しているので、当然といえば当然だ。


 反動で、十メートルほど弾き飛ばされた両者だが、オレはすぐさま『蒼玉』の距離圧縮で距離を詰め、マフラーで斬りかかる。

 

「はぁ!」


 しかし、その場に杏子の姿はなく、一瞬黒い影が背後に回ったのだけは分かった。


「『蒼玉』!!」


 これは杏子の声だ。場所は背後。


「ッ!!」


 オレは右手を左わき腹から真後ろへ向け、『檻』障壁を展開。

 蒼の障壁と碧の『蒼玉』がぶつかりバジン!!!と鳴り響くころには付近の木々、地面などは激しく抉られ、一帯にあった物体は全て吹き飛ばされるという爆風。

 

「『蒼玉』!!」


 弾かれ、それでも。遠距離にいた杏子が再び碧い球体を放つのが見えたが最後、目の前までそれが迫ってくる。


「◇」


「――『蒼玉』」


 遅れたがこちらも直ちに術式を演算し、放って、ぶつけた。

 遅れた理由――それは『蒼玉』の総数にある。その数は再構築により、十二。同時だ。杏子にとっては十二の蒼い弾丸が迫る。


「まさか再構築!! そんなことまでできるというの!!」


 当然のように訪れる無数の衝撃波、空間上の想像を絶する揺れ。爆音とエネルギーの衝突で弾ける碧と蒼が目の前で明滅した。

 それは、まるでこの地球さえも破壊するのではないかという微々たる不安感を俺達に植え付けた。



  ***



 ――押し寄せる蒼銀の輝きを碧光が打ち払う。


 激突はすでに数合、数十合にも及び、理緒と来栖はマフラーと薙刀、『蒼玉』が空間を削り合うのを、地面に走る震動に耐えながらモニター越しに見つめ続けていた。

 二人の位置は杏子が雇ったスナイパーらを始末できるほどの、つまりその地点からそんなに離れていない場所。森林の脇に配置していた。

 もっとも、始末するはずのスナイパーらは統也のレールガンによって木っ端微塵となったが。


 杏子がグングニアとは別に携行していた、両刃薙刀――漆黒をまとう刃は『次元潤滑』という特殊な空間呪詛によって強化されており、統也の放つ最大出力の『蒼玉』などにも効力を相殺する結果をもたらしていた。

 斬撃が繰り出されるたびに両断される『蒼玉』が霧散し、塵となって空間から消える。


「あーあ、このままだと三宮家の敷地の森なくなっちゃうんだけど? というか、森がなくなちゃうんだけど」


 地響きを鳴らし、空間の破裂のような轟音を撒き散らしながら嵐を生み、衝撃などで森林地帯を破壊し、周辺の地形をものの数分で変貌させてしまった統也と杏子の大規模すぎる戦闘をモニター越しに見て、若干引き気味でそう漏らす理緒。

 対して来栖は、


「でも……これで分かったわね。最高司祭様の指示……『直接の援護は絶対にするな』。成程……援護しに行ったら私たちまで巻き込まれる……そういうことね」

「あんなのに混ざったらあたしだって数分と持たないよ」

「でしょうね……」

「これが名瀬一族の激闘、か。……統也……昔、逃げるなら今の時期うちだって言ってたの、こういう意味だったんだって、たった今分かったよ。巻き込みたくなかったんでしょ、。……ありがと」


 理緒は独言のようで、統也に言いかけるようで、しかし心に留めるだけの溜息のような台詞を吐いた。

 来栖はこれに何も言わなかった。


「――――!!」


 一方、応戦する薙刀の刃が統也の迅速マフラーと『蒼玉』を迎え撃ち、あるいは身を翻して回避行動をとり、最優の名瀬一族が戦場を踊るように――文字通り、剣舞を舞いながら駆け抜ける。


「――――ッ!」


 空気を切り裂き、迫る『蒼玉』の数は常に十を越えている。一振りでそれら全てを薙ぎ払うことなどできるはずもなく、切り落とす数に対して、避ける動作ひとつに対して、それでも避け切れぬ負傷が杏子の肉体を傷付ける。

 空間の圧縮に掴まれ、引き千切られる致命的なダメージは奇跡的に負っていない。否、奇跡ではなく、杏子の類稀なる戦闘力があってこそ可能なひとつの結果だ。

 そして、その彼女の紙一重の戦果を支えている自覚と彼女が半分影人であるという事実があればこそ、二人もそのモニター越しの光景から目をそらさずにいられるのだった。



  *


 

 流石に疲れたのか、息を切らす杏子は二百メートルほど離れた位置でこちらの様子を伺っているようだ。

 軽く辺りを見渡すと、すでに地形の概形が大幅に変化している。お椀のようにえぐられた地面、変な軌道の川があちらこちらに出来上がっている。

 やりすぎたな。名瀬一族の戦闘ではこうなるため、一般的に援護や近接戦補助などは不可能とさえ言われているわけだが。


「さてと」


 先の、『陽電子加速砲ポジトロン・コライダー』をかわさず解体した主な理由は、そもそもかわせるか否かは運次第というレベルの速射性を備えていたから。

 最初の遠距離からの射出も、あと少し近距離にて放たれていれば、かわすことは到底不可能だった。

 そして、もう一つの理由。それは、グングニアを完全に封じるため。再度使用しても意味はないと思わせることで、あの殺傷性の高い攻撃をいったん封殺する。

 そうすれば彼女は自ずと、いったんは自身の中での強力な技を使用してくれる。

 彼女は何をか口パクした。



「領域構築―――」



 音声は聞こえないが、浄眼にて彼女の演算内容が推し量れる。



「―――『氷縛碧凍』」



 別名、碧凍領域。

 そう、あの時空さえ凍えた銅像のように凍り付かせる最強の領域だ。

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青の境界 ~世界に六名しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~ 蒼アオイ @aoiiiiii

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