余談

 余談。1つ、仲間は見つかった。あぁ死んでなんかいない、生きてたよ。ただ……4階から飛び降りたもんだから大怪我して、そのまま病院に担ぎ込まれたがね。


「管理人さんが出ていった直後、部屋の空気が一気に下がったような気がした。それで……キチンと閉めたはずの風呂場の扉がゆっくりと開いて、声が聞こえ始めたんだ……オイデって」


 病室でアイツはそう話していたよ。顔面蒼白な表情を見れば、嘘は言っていないと断言できるほどに酷かった。


「そしたら今度はベランダの窓が勝手に閉まり始めて、次に……風呂場の扉から白い手が見えて、ソレがニュッて、明らかに不自然な位に伸びて、コッチに向かってきて……だから俺、必死で」


 しどろもどろに当時を語り終えたアイツは頭から布団を被った。大の大人がガタガタ震えるんだ、相当に怖かったんだろうな。退院後、そいつは仕事を辞めた。


 2つ。幾ら調べてもあの周辺で女が犠牲になった……未練や恨みを残すような事件は起きていなかった。不慮の事故とか病死ならあったけどな。管理人さんも同じく、今のアパートが建ってからあの部屋で誰かが死んだという話は聞いたことが無いと言っていたし、建て替える前も同じく。幸運にも心理的瑕疵物件になったことは無く、だから多少不便な場所なのに人が来ると自慢してたんだが、1つだけ気になる事があると言っていた。だいたい2年位前から4階1号室だけ何故か入居しても長居しなくなったそうだ。中には荷物そのままで何処かに消えたヤツもいたようだけど、夜逃げするような客の事情にわざわざ踏み込みたくないという個人的な理由で真面に調べなかったそうだ。


 だけど流石に気になった管理人さんが数日前に引っ越した夫婦に連絡を取ってみたらね、電話口で夫人が怒気交じりにこんな文句を言ったそうだ。「風呂場に幽霊が出る」ってさ。あの夜に見た事を総合すれば、今までも同じ理由で人が離れたと推測が付く。あるいは……何処とも知れない場所に連れ去られたか。逃げられた人は運が良かったのかも知れないな。


 ン?その部屋かい?管理会社に訴えて潰してもらったそうだよ。部屋はキレイに取っ払われて休憩スペースになってる。苦肉の策だが、そもそも閉じた空間がなければあの不気味な声も聞こえない……って思っただろ?実はね、今度は1つ下の部屋で同じ現象が起き始めたそうだよ。しかも今度は4階よりも大きな声で、更に小窓の向こうから白くほっそりした手まで見えるようになったそうだ。で、この手がオイデと呟きながら手招きするんだとさ。


 管理人さんも、その話を聞いた俺もどうにもできなくなった。誰が、何処から、何から、正体も何もかもが分からない声は、現れた場所を潰すと別のところに移動するんだからな。しかも、この分だと移動する度にドンドンと主張が激しくなる。


 その部屋かい?当然、空き部屋だよ。誰も怖くて寄りつかない。3階1号室は貸し出せず、他の部屋も噂が広まって誰も入居しない。だけどアパートを取り潰す事も出来ない。だってそうだろ?潰したらソイツ、今度は何処に移動するか分かったモンじゃないんだ。次は隣か、それとも……だから管理人さんは儲からないのを承知で、周囲からのプレッシャーを受けながらあのアパートの管理を続けなきゃあならないんだ。酷い話さ。


 どうにかする方法は無い。連れ去られた奴等を助ける手段も無い。正体を知る術も無い。分かる事は2つだけ。何も分からないという事、アレは例のアパートの3階1号室を住処にした事。それだけしか分からない。アレは今も変わらずあそこにいる。あの場所にいて、誰かを呼び続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風見星治 @karaage666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説