第24話 チャレンジ

 1人で居酒屋へ行くなんて、いままでは考えもしませんでした。でも、以前から気になっていた居酒屋があり、この度決心したのです。

 その居酒屋は、ろう者や難聴者、はたまた手話の勉強をしている人の間では、有名なお店でした。海外からも、わざわざ尋ねてくる人がいるとか。

 私がその店を知ったのは、どこかの地方番組が取りあげたニュースの動画でした。そして、店主がエッセイを出している事を知って、取り寄せて(現在は売っていなかった為、中古で購入)読みました。

 破天荒な生き様と、奥様への愛情の深さ。それに屈託のない笑顔を見て、お店へ行ってみようと思ったのです。

 仕事場でリベンジ出来た、ご褒美です。


 お店の場所は、検索するとすぐにわかりました。(エッセイの後ろにも地図が描いてありましたし)

 開店の直後に到着。

 本当に開店だったため、当然お客の姿は見当たりません。

 私は店の前を4.5回往復してから、意を決して玄関をくぐりました。

 奧さんが私を見て『どうぞ』と、手を動かします。初めて見る顔に、警戒しているようにも感じました。

(私が緊張していたから?)

 私は頭を下げて店に入り、カウンターではない2人席(カップル席?)に座りました。

 カウンターは、常連さんが座ると思ったのです。

 しはらく待つと、店主が注文を取りに来ました。メニューを指差すと、店主が軽く手話を交えて確認をしてきます。ユーモアにあふれた、楽しい手話です。

 私が聴者だと認識して、手話がわからなくても、理解できるように、工夫してくれています。

 この店が近くにあったら、たぶん常連になっていたことでしょう。


 注文を終えて、店主が調理場へ入りました。

 そう、この店の料理人は、店主なのです。しかも、ろう者でありながら、串揚げがメインの店をやっています。

 揚げ物をやったことがある方は、おわかり頂けると思うのですが、音が重要な情報源になります。その為、かなりの失敗を繰り返して、やっといまの串揚げまでたどり着いたのだとか。

 揚げ物は、注文してから揚げるので、少し待たなければなりません。ですが、アルコールを飲みながら、店の様子を見ていたら、大して気にはなりませんでした。

 待っている間に、何人かお客は来ましたが、ろう者の人ばかりです。

(外国の方も来ていました)

 やはり、聞こえる人の店だと、気を遣うことが多いのかもしれません。

『お待たせ』

 注文した料理をテーブルに並べながら、簡単な手話で説明してくれます。

 私は思いきって、店主に手話で話してみました。

『あなたの本を読みました。ファンになって、この店に来ました』

 すると『ありがとう。嬉しいよ!』と店主。

 私が帰る頃には、お店が忙しくなっていたので、店主には挨拶できませんでしたが、奧さんに挨拶をして帰りました。


 音楽好きの人が、学生時代に原因不明で聴力を失ってしまいました。でも、彼女は音楽活動を続けています。

 複数の障害を持っていながら、1人でお金をためて海外旅行をした人もいました。

 それ等を知ったとき、私は自分の常識の浅さを思い知ったのです。

 同じ障害を持っていても、症状は様々だし、簡単な話ではない。だから、出来ることだって、それぞれ違って当たり前。

 それは聴者である私も、例外ではありません。


 私は、人間という生き物に、ほとんど興味がありませんでした。でも今では、いろいろな人と会って、話してみたいと思っています。

 たぶん沢山の失敗をするてましょう。

 けれど、それはそれで話のネタにもなるだろうし、もう少しチャレンジしてみようと思います。


 おわり

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きょうも一つ手話を覚えた 元橋ヒロミ @gyakuryu

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