そして動き出す、私たちの時

武江成緒

そして動き出す、私たちの時




 いったい何が起こったのか。

 どんな異変がこの宇宙に起こったのか。


 あたしたちの身の周り、いや世界中で、時間がいっせいに“動き始めた”。




 目をさましても、それはもう朝とは呼べない。

 朝の代わりに午後六時ふたつ、夜中の十一時がひとつ、部屋のなかに入りこんでて、押しくらまんじゅうしてる始末。


 午後六時ふたつっても、六月下旬の午後六時と、年末ごろのやつがならんで来ているから性質たちわるい。

 昼間みたいな午後六時と、とっぷり暮れた午後六時とが、からんで、混ざって、見てると目がちかちかする。

 夜十一時はドアの前でぐにゃぐにゃ体をうごめかせてる。突き抜けるときに、体がぞくりと寒くなった。うわこれ一月終わりくらいの夜十一時だ。最悪だ。




 一階へ下りても、パパもママもいない。

 時間があちこち動き回っているんだから、家族がそろわないのは当然っちゃ当然だけど、その状態がどんだけ長くつづいてるか。

 動き回る時間ではかることは無理。


 ふたりの代わりに、茶色い兵隊みたいな服をきたおじさんと、頭を丸くマゲにして、手や顔がタトゥーだらけの女の人とが、かってに冷蔵庫のなかのものを出して食べてた。

 ひょっとしたらご先祖様かも知れなかったけど、関わりたくもなかったので、こっそりそのまま家を出た。




 空は青、紺色、赤、黒、灰色。いろんな時間帯と天気の空が入り混じって、あたりの景色はちかちかしてた。

 西のほうにある虹色の空は、本来ならいつの時代のものなんだろ。


 安心したのは、お日さまがひとつしか出てないこと。

 西の海のむこうの国は、むかしの伝説そのまんまに、十日分のお日さまがいっぺんに出て、えらいことになったって聞いた気がする。


 ニュースを最後にみたのもどのぐらい前になるだろ。

 異変の初期に、十日どころか数十年分の元旦が群れて集まったことがある。元日特別版を数十日ぶん出しつづける破目になったメディア業界は潰れたって話も聞いた。




 そういえば、あたしは何で、制服なんか着て外に出たんだろ。


 うちの学校はかなり異変に抵抗したほうだけど、ある日、学校に室町時代くらいの年が押し寄せてきて、校長がどこかの武士に首をとられた。

 あの校長の首をねた武器を長巻ながまきと言って、と、なんとか授業に繋げようとした担任は落ち武者狩りに竹槍で串刺しにされた。


 制服も、ちゃんと洗濯したのがいつだかはっきりわからない。

 袖を顔にあててみると、なんかケミカルな匂いがした。

 この服が工場でできたばかりのときの時間がまとわりついているのかな。


 とにかく服もキレイみたいだし、安心して通学路のさきにある蓮くんの家へ向かうことにした。




「やあ、ヒナ……元気だった?」


 おじいさんが建てた立派なお家の広い庭。

 その庭先に、ちょうど蓮くんは立っていた。

 久しぶりに見た、ような気がするその顔はどんよりしてる。

 さっきそこの幹線道路を跳ねながらつっ走ってた六月上旬、その空みたいに。


 元気ないじゃん、とのあたしの言葉に、蓮くんは黙って庭を指さす。

 あー……って、私もそこに立ちつくした。


 庭の奥にそびえ立ってた大きな古い樹。この家が建つ、その前から生えていたっていう桜の樹。

 跡形もなく消えていて。

 そこには……えぇと、何億年くらい前になるのかな。

 とにかく、犬くらいあるイモリみたいな生き物がはいまわってる沼になってた。




「ジイちゃん、むかし言ってたんだ。

 あの桜の樹は、うちの一家の守り神で、りどころだって。

 どんなに遠く離れても、時間がたっても、ここに戻って来さえすればいいんだって」


 その言葉、あたしもなんだか、ずん、と来た。

 小さいころ、ここへ来るたび、ふたりあの桜の樹の下で遊んだ。

 ゴツゴツした幹にのぼろうとしたり、ママゴトをしたりした。


「幼稚園、卒園した日おぼえてる?

 先生から、お祝いの手紙もらってさ。あれについてた赤いリボン、桜の枝にむすんだよな」


 おぼえてる。

 桜のつぼみがふくらんで、ちらほら咲きかけてた枝に、ふたりでリボンを結んだんだ。

 ピンクのつぼみ、赤いリボンが春の風に吹かれてて、何かいいことが起きそうな、そんな気分をおぼえてる。


 時間が動き回るようになってから、蓮くんは一日を必死に数えながら、一本ずつ、リボンを桜の枝にむすんでいたらしい。

 百本目のリボンを枝にむすんだのが昨日で、けさ起きたら庭にはこの、何億年も前の時代が居座ってた、と。




「ま、いいじゃん。

 百……日? とにかくがんばったんだからすごいよ」


 ぱん、と蓮くんの背中をたたく。

 音にこたえて、巨大イモリが吠えたのが締まらないけど、気にしない。


「今日を、あの、桜の咲いた記念日ってことにしよ?

 ついでに今年のはじめの日!」

「ほんとなら、今日、10月くらいなんだけど……」

「いいのいいの! もう時間も、季節も、計るものなんかないんだし。

 ふたりで決めたんだから、今日が一年の始まりで、桜の咲く日!」


 あの日の時間がもどってきたのか。

 不意に、なつかしい春のかおりが鼻をかすめた。

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そして動き出す、私たちの時 武江成緒 @kamorun2018

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