仮面の戦士

津川肇

仮面の戦士

 久我大知くがだいちが倉庫に駆け付けるのがあと一分早ければ、状況は違っていただろう。バイクに跨る久我の視線の先には、仁王立ちする一人の怪人。その傍に、横たわったまま動かない娘の姿。彼女の目は見開かれているが、父親と視線が合うことはない。彼女の胸部から広がる赤い水たまりが、残酷なその事実を物語っている。

 

 久我はバイクから降りると、ベルトに両手をかざした。

「変身」

 わずかに震えるその声を聞いた怪人が口角を上げると、その口元から歪な形の犬歯がのぞいた。久我は怪人目がけて走りながら腕を交差させる。その動きに呼応するように、久我の体を生体鎧が包んでゆく。それは、まさに今目の前にいる怪人と同じ細胞を基に造られた鉄の皮膚だ。

 久我は声にならない声を上げながら、怪人に渾身の飛び蹴りを浴びせた。その衝撃に、怪人の体は後方へ吹き飛んだ。


「……すまない」

 体勢を立て直す怪人には目もくれず、久我は娘を抱き寄せた。久我が優しく彼女の瞼を閉じると、その顔はただ眠りについているだけのように見える。久我は小さな彼女の体を壁際にそっと寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。

 その時、背後に近づいていた怪人が、久我に前蹴りを繰り出した。が、久我はその気配に即座に振り向き、怪人の右脚を両手で受け止めた。

 

 脚を掴んだまま、久我が呟く。

「どうして、こんなことを」

 言語をもたない怪人は、もちろんその問いには答えない。力を振り絞り腕から抜けようともがくが、それより先に、久我が怪人の体を投げ飛ばした。地面に手をつき後ずさりする怪人の体に跨ると、久我は容赦なく拳を振るった。反撃の隙も一切与えずに、何度も、何度も。青黒い返り血が飛んでも、久我は攻撃を止めなかった。一撃で仕留められるはずの技も使わず、強く握りしめた拳をただひたすらに振り落とし続けた。

 孤独な戦士の表情は仮面の下に隠され、誰も知ることはできない。

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仮面の戦士 津川肇 @suskhs

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