14.温かな水-memory-


「あなたの日常は、見つかったかい?」


 温かな水が金魚のように飛び跳ねて、私の指先から静かに問いかける。


 私はゆっくりと息を吐きだし、大きく頷いた。


「そうか。じゃあ、これで僕も、お役御免だね」


 私はすぐさま小さく首を振って、ゆらゆらと揺れる水をじっと眺める。


 ――ねぇ。日常の中でね。私たちはこれまでに一体、どのくらいの時間を一緒に過ごしてきたんだろうね?


 私は、温かな水に尋ねる。


「さぁ……、どうだろうね。1日は24時間あるからさ。365日で、8760時間。つまり、ここから8761時間目が始まるってことだね」


 ――えっと。……つまり、日常は常に、私たちと一緒に流れているってこと?


「そりゃそうさ。だって、あなたも僕も、今、この瞬間が呼吸をして、心臓を動かして、頭の中で考えて、確かに生きている日常なのだからさ」


 ――じゃあ、時計の針を戻したら、また同じ日常に出会えたりするのかな?


 温かな水がゆるやかに、重力に逆らって不可思議な重さを持ち始める。

 私の指先が小刻みに震えて、水滴が弾けていく。


「そりゃあ、無理な相談だね。


 時間は、有限。

 言葉は、無限。

 感情は、幽玄。


 同じ時間も、同じ言葉も、同じ感情も、この世には何一つ存在しないのさ。


 わかるだろう?

 同じ日常を過ごしてしまったら、あなたは成長を辞めた時なのだよ。

 楽しいかい?

 そんな時間を繰り返すことが。


 そうだ。一ついいことを教えてあげよう」


 ――なぁに?


「たった今、手に掴んだ時間は、すぐに流れていってしまう。けれどね。あなたの日常はまた、すぐにやってくるのさ。


 時間は有限だけれど、常に連続しているもの。

 言葉は無限だけれど、あなたが選べるもの。

 感情は幽玄だけれど、相手を思いやる心は、確かにそこにある。


 だからさ。今を大切に。ね」


 ――今を……。うん。そうだね。


「さぁ。日付も変わった。


 温かな日常がまた、はじまりを告げるよ。


 また会おう。親愛なるあなたへ」



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温かな水 月瀬澪 @mio_tsukise

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