カラオケ前夜
「動きがかったい」
胴を溜めて入れた正拳突きが空を切る。
「っっの!!」
「みかげちゃーん、全力で打ちすぎ、空手じゃないんだからさ」
放課後図書室で時間を潰してから、ほぼ毎日通っている合気道の道場での組手の時間。
「全力でっ! 打たないとっ! あたんっ! ないじゃっ! ないですかっ!」
この道場に入ってから結構経つけど、私は未だにこの師範にまともに技を当てれてない。
っていうか、人の全力の突きと手刀を腕組みしながらいなさないでほしい。プライドが傷つくから。
点で攻撃するのを諦めて、身体のひねりを使ってそのまま回し蹴りを放った。師範もなんだかんだ40近いおばちゃんだ。これを躱しきるだけの機動力はない。
そう判断して打ったんだけど。
「はい、片足になったらおしまい」
軽く脚を片手で受け止められると、そのまま流れるように勢いを殺された。
スポンジでも蹴ったんじゃないかってくらい、抵抗らしい抵抗を感じない。なのに私の足は止まっている。
それを認識して足を引っこ抜こうとしてるのに、何故か足が師範の手から離れない。屈辱に顔をゆがめる前に、目の前にあった師範の顔が、いやらしい顔でにまっと歪んだ。
「てい」
「ひゃっ」
自分の口から、自分のものとは思えない高い声が出る。
一瞬何をされたかわからなかったけど、数瞬して足の付け根の鼠径部にあたるところをくすぐられたことに気が付いた。
そして、ついでに、それから逃げようとして、身体のバランスが崩れたことにも気が付かされる。
あ、という声すら上げる間もなく、畳の上にごでんと寝転がされる。背中をしこたま打ったわりに、そっちの痛みをあまり感じないのは、そういう風に転がされたからだ。
なにからなにまで、手のひらの上で、あんまりにも腹が立つ。
「みかげちゃんはねー、常に全力出しすぎ。そんなんじゃ、いつまでたっても私に攻撃当たんないよ?」
道場の照明と重なるように、師範の顔が陰に隠れて、けらけらといじわるな四十代前半子なしのおばさんの声が降ってくる。
「いや、だから全力で打たないと当たんないじゃないですか……」
まあ、私がどれだけ最速で突きを繰り出しても、このおばさんは顔色の一つも変えてこなかったわけだけど。
「合気はそうじゃないのさー。100パーの打撃は当たんなくても、60パーの打撃が意外と当たったりするもんだよ」
……言ってる意味が解らない。意味が解らないことで、やれやれと目の前のおばさんの顔がにんまりとするのも腹が立つ。
「……フェイントかけろってことですか? それなら今も結構かけて――」
「んー……そういうことじゃないんだよなあ、もっと、こう全体的な話? 例えばみかげちゃんさー、ほぼ毎日道場来てるじゃん」
「来てますね」
「で、ほぼ毎日全力で稽古してるじゃん」
「してますよ、そりゃ」
「君、勉強とか私生活も手を抜かないだろ」
「普通では?」
「そこなんだよ、問題は!」
寝ころんだままの私に、師範は我が意を得たりとばかりにびしっと指をさしてくる。いや、どこが問題なんだか。
「華の女子高生が毎日、むさくるしい道場なんて来てんじゃないよ!」
「えー…………」
これが本当に師範の言葉か。しかもこの道場、私が来なきゃ人もあんまりいない、零細道場なのに。
なんか釈然としないまま、腰を上げようとしたら、師範の指が目の前にすっと置かれた。
そして、そのまま私がなにか口ごたえをする前に、すとんと小指だけもう一度寝転がされる。
身体の抵抗も反応も許されない、有無を言わさない流れの力で。
………………こんな零細道場の師範の割に、こういう所は一流なのがまた腹が立つ。
「今日はそのまま寝転がっときな。何事も全力をだし続けるなんてやり方、子どものうちしか通用しないよ。たまには休むことを覚えなさい」
「………………」
腹が立ちすぎて、あとついでに意味が解らな過ぎて、私は黙ってその話を聞いていた。もちろん、道場の床に寝転がりながら。
全力を出すことの何がおかしいっていうんだろう。
目の前のことを全力でやらないほうが、よっぽどおかしくないだろうか。
「ていうか、たまには、友達と遊んできなさないな」
「……友達とかいません」
「……あんた本当に高校生か?」
その日は、結局本当にただ寝転がされていただけだった。後々から道場に来たクソガキとおっちゃんたちに、みかげちゃんどうしたー、と笑われた記憶だけが残っていた。
ヤンキー少女と図書室少女(休止中) キノハタ @kinohata
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