ヤンキー少女の譲れないもの

 ある論文によれば、人生ってのは不幸だと感じるのがデフォルトらしい。


 つまるところ、不幸が平常運転で、幸福は異常事態ってこと。


 人間は幸福がずっと続けばいいとは想うけど、気付けば何かが足りない満たされないとふとした瞬間に想いだしてしまう。


 まあ、大昔、野生の中、常に命の危機と隣り合わせ生きてきたご先祖様的には

それがきっと丁度良かったんだろうね。ジャングルの中で、能天気に幸福を謳歌してるわけにはいかなかったのだ。


 ただまあ、現代の私達からすれば、別に命の危機も何にもないのに、ふとした瞬間に自分が不幸を感じていることに気が付いてしまうバグでしかないわけだけど。


 難儀な話だと、そう想う、でもまあそれを知ってれば、胸の奥がなんとなく少しだけ痛い理由にも納得がいく。


 これがきっと私という身体に刻まれた平常プログラムなんだろう。


 朝、親の嫌味を聞きながら、聞き流しながら、米粒をちびちびと口に運んでそんなことを考えた。


 ここで今、感じる不和もある意味で正常だと。


 そう自分に言い聞かせて。


 胸の奥に宿る感覚は未だにどこか、ちくちくと、ずっと私に何かを訴え続けていた。





 ※





 「久々に、遊びにいかない?」


 いつもの昼休みの頃、そんな、むつきの言葉に、私とゆめはおおと声を揃ってあげる。


 「そろそろ試験も近いし、行くなら今の内じゃない? というわけで、私はカラオケを推すね」

 

 そう言って、むつきは何故か大層、悪そうな顔をしてふっふっふと妖し気な笑みを浮かべていた。カラオケがまるで非合法な遊びか何かのようだ。


 「顔、わっる」


 「カラオケでナニする気だ、あんた」


 二人して軽くツッコミを入れたところで、ふうむと腕を組んで唸る。


 カラオケかあ、高校に入った頃は、それはもう狂ったように行ったけど、さすがに猛っていた気分も落ち着いて確かに最近、行ってなかった。


 「それはそれとして、カラオケはいいね」


 「お、ななみが乗っかってきた。いがーい」


 と想ったまま言葉を返したら、隣のゆめがちょっと喜ばしそうに視線を上げた。……私、そんなノリの悪い奴だっけ? いや中学生の頃は、色々あって、なかなか遊びとか参加できなかったけどさ。


 「ええ、私ってそんなキャラだっけ?」


 「別にそーいうキャラではないが、最近、露骨に遊びに参加する回数が減ってたじゃろ?」


 「新しい女を見つけたら、古い女は用なしかと、ゆめと一緒に泣いてたもんねー」


 めそめそとなくふりをするゆめに苦笑いを向けながら、私は半笑いを返してみる。その後ろで、むつきはどこかしたり顔でにやにやと笑っていた。


 「どんな人間だと思ってんの……いや、ごめん確かに付き合いは悪かったかも」


 推しに時間をささげるっていうのも、悪くない時間なんだけど、友達を蔑ろにするのも些か忍びない。


 「まあ、許す。つーか、結局、最近付き合い悪かったのって、そのみかげさんって子に構ってたからでしょ? 誘えばいいじゃん? 一緒にカラオケいこーぜぇ?」


 そう言って、むつきは手のひらをひらひらと手を振った。私とゆめは、その姿を二人して、眺めた後揃って眼を見合わせる。


 「いや、毎度想うけど、むつきって、ほんっと根明だよねえ……」


 「わかるー、さらっとそういうこと言うよなあ」


 友達の友達、という言葉をプラスととるか、マイナスととるかは人によってかなり違うわけで。そこを当たり前のように、仲良くなれる相手としてカウントできるのが、むつきの凄いとこなわけだ。


 「あれ……? 今度は私がおかしいパターン?」


 「いやあ、まあいいとこだと想うよ。私は」


 「そだね、そこがむつきの美点だと想うよ。私は」


 私とゆめは、まあ、逆のタイプなわけですけどね。


 「……すっごい、諸説ありそうな言い方するじゃん」


 「友達の知り合いって……まあ、諸説あるからねえ……」


 「あるねえ、諸説……、私の逆の立場だったら滅茶苦茶緊張する奴だ……」


 「え……そっかあ……」


 なんてやり取りを交わしたのが、昨日のお昼ごろのこと。



 ※



 「っていうわけでさ、みかげ、カラオケとか興味ない?」


 「…………私が興味あるように見えるの……?」


 いつもの通り、図書室でそんなことを口にしたら、みかげは口をあんぐりと開けて、口角を思いっきり下げていた。その姿に、私は思わずたははと笑みを浮かべてしまう。


 「あまりございませんか」


 「というか、行ったことが無い」


 「…………ま?」


 「……ま」


 思わず予想外の返事に口をあんぐりと開け返したら、みかげはあんぐりとした口を開けたままコクンと頷いた。今時いたのか、そんな希少種族。まあ、それが私の推しであると言うのなら、遺すべき道は一つだけだね。


 「わかった、行こう」


 「話聞いてた?」


 みかげの眉がはの字に折れ曲がるけど、今、引くわけにはいかないのだ。


 「いい……? 初めてのカラオケってことは、最初のカラオケ体験ってことなんだよ?」


 「うん……ん? 何の説明にもなって無くない?」


 「最初ってことは、人生初ってことなんだよ?」


 「なんかごり押そうとしてない? あんた」


 みかげの不信がるのは重々理解できるけど、今はどうかその気持ちは棚に上げておいてほしい。


 今、大事なのは、みかげの人生初カラオケの機会が目の前にぶら下がっていると言うことだから。


 「大丈夫、絶対に後悔、させないから」


 「いや今時、プロポーズでもそこまで確信にみちてないって」


 くうう、どうしても不信が勝ってしまう。こんなことなら、普段からセクハラなんてするんじゃなかった。いや、でもあの衝動に打ち勝つことは不可能だし。かといって、初カラオケを諦めるなんてとんでもない。


 私に遺された手は、もはや、ただ真摯に瞳を見つめることしかなくて。


 そうやって呆れ顔のみかげを見つめること、はや数十秒。


 深々とつかれたため息の後、みかげは少し視線を逸らしながら口を開いた。


 「…………どこ行きゃいいの」


 その返事と同時に、私は無言で高々とガッツポーズを天に掲げていたのだった。


 受付の図書委員の先輩不思議そうにこっちを覗いてたのは、気にしないこととする。

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