第6話 アイリス分隊 1

 敵の防衛線は強固だった。窓という窓から機関銃が火を吹き、まるでハリネズミのようだ。相手は1人ずつ機関銃を装備しているのかと錯覚するほど激しい銃撃だった。幸いなことに投擲による攻撃は小さく、装甲車がなくとも生身でなんとか攻略できるかもしれないという希望があった。

それでもアイリスたちは頻繁に射撃位置を移動した。伍長の勘が働き、さっきまでいたところに滝のように銃弾が着弾する。三脚の設置に適さない場所にあたれば、弾薬係のランドメッサーが体勢を変えて射撃を支えた。銃口やエジェクターから発する煙が体にかかり軽く火傷をおうも気にしていられない。空薬莢が首筋に当たった時は思わず声を上げた。

13ミリの大きな銃弾はコンクリートを崩すことができなかった。弾は弾かれ、窪みを作るに留まる。弾が切れればコンドルが素早く弾倉を交換する。

アイリス分隊が奮闘するも進撃する歩兵は次々と敵前に倒れた。射撃の合間を縫って移動する友軍に弾が当たり「アッ」と声を上げ重心の重い腰から地面に倒れた。その光景を見る度にシュリーフェンは強く引き金を引く。「仇をとってやる」そんな心情だった。衛生兵を呼ぶ声がそこかしらからする。走っていく彼らを狙うように銃弾が浴びせられる。

帝国軍は重機関銃の他に対戦車ライフルを装備していた。当った者は頭の半分が吹き飛んだ。そばにいた戦友は助からないとわかっても咄嗟に声をかける。

分隊支援火器は銃身から煙を焚き上げ、故障寸前だ。

自軍の迫撃砲と擲弾筒は正確に窓に向けて弾を発射する。最初は微妙に外れていたが、コツを掴むと綺麗に窓の中へ着弾した。その都度圧縮した空気が一気に放たれるような音が周囲にこだまし、敵の陣地は沈黙する。

アイリスたちの位置からでも舞い上がる粉塵に人の腕や何かの部品が混ざっているのが見えた。「ああ、また誰か死んだんだな。」とそのことを伝えてくれる。

こちら側が勢いを取り戻すと小銃隊は一斉に射撃を開始する。まるで仕返しとばかりに引き金を引いた。有志の何人かが肉薄し、擲弾筒の射線に入らない一階の陣地に直接手榴弾を投げ込んだ。それ!とルーペ少尉が号令を出して一斉に皆走り出し、アパートへ侵入し出した。

建物内の戦いは終わっておらず、一部屋ごとに手榴弾の投げ合いが発生した。階段周りでは必ず負傷者が出た。上への攻撃は運がものを言うようなものだった。小銃同士の戦闘は速射性の高いこちら側が有利だったが、相手が短機関銃を持っているとしばしば火力で負けていた。

シェパードとハンスが入った部屋には重傷の帝国兵が何人かいたが、彼らには銃弾が放たれた。力なく手をあげ、降参が叶わない事を感じ取った瞳は不思議と人間らしい優しいさがあった。それらは死にゆく人間の最期そのものだ。


 アイリスたちは最上階の一室へ侵入した。窓を開け、銃座を整えると逃げゆく敵兵を背中から撃ち始めた。悲鳴とも断末魔とも、泣き声とも取れる声が彼らからし出した。背中で一番硬い骨の部分に弾が直撃し、煙が小さく吹き出す。隠してあったのか対戦車砲を引きながら退却する集団は全員弾に倒れた。負けじとランドメッサーも小銃を撃ち始める。一発一発操作が必要だが、その操作は早く、また射撃は正確だった。

どパスンという銃声がすればカチャカチャと次の弾を装填する。いいバネを使っているのだろうか、ボルトはスムーズに作動する。


 攻撃は成功した。しかし損害も大きかった。中隊一野球が上手い曹長は脳天を貫かれた。

屋内での戦闘の方が、ルーペ小隊の被害が大きく、負傷者は死者の倍にもなった。のちに聞いた話では、シュリーフェン達が葬った対戦車兵たちはアパートに侵入してきたナレア兵に向かって攻撃したらしい。一部壁を粉砕するなどダイナミックな戦いだったが、何故彼らが砲を放棄して退却しなかったのか、多くの者たちにとって不思議だった。

ある者は督戦隊に恐れたからだと予想した。そしてある者は国から譲り受けた大事な兵器を放棄して自分たちだけ逃げることに罪悪感があったのではないかといった。

どちらの予想もこちら側からしたら考えられないような事である。


 この時ナレア軍側は1人の捕虜も得ることができなかった。

全員死ぬまで戦ったのである。その意思はどこからやってくるのか、ランドメッサーを除く多くの者たちは理解ができなかった。

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