年少兵突撃中

茶漬三郎

第1話 埃を被った老兵

 ナレア軍は激化する第三帝国との戦争に対して急速にその規模を拡大していた。消耗した人員、装備はその都度補充されていたが、従来通りの単一種族での編成が困難になり、多くの混合部隊が誕生した。

第一線で活躍する第二師団もその一つであり、例にも漏れず種族間での壁に直面している。そしてその皺寄せは現場の人員、特に中隊や小隊幹部来ており多くの作業を増やした。

 

 アリス・レリフェンベルクは士官候補生として中隊本部に配属された。魔法士である彼女は人間が多く配属されている本部で彼らの特性を目の当たりにすることができた。

アリスは人間を忍耐力のある種族だと感じた。多くの書類作業や、多種族の交わる部隊同士の調整など頭を抱える作業を文句なく遂行している。しかし同時にどこか他人事のような場面も感じることがあった。


例えば中隊演習の時、着任してきた中尉が役職に似つかわしくなくヘラヘラとまるで将兵と将校は別物と言わんばかりの態度だった。

この中尉はソルベといい、今まで内地にて事務作業に従事していた中年の予備役だった。激動の時代に華を咲かせようと前線を希望したようである。問題は彼の知る常識と現状とで大きく隔たりがあるように感じ取れた事だ。

中隊全体での挨拶では第一声が「世の常識を変えるために着任しました。」だった。

種族間の意思疎通を円滑にし、お互いを尊重できる環境を整え、隊一丸となって任務をこなすようにロールモデルとなる中隊を目指す、といった目標を掲げた。

そんな彼が図上に記されたユニットを見てまるで他人事のように「やられた」「あ、死んだ」と呟いて微笑んでいた。

図上に記されたマークはほぼリアルタイムの情報そのものである。魔法士の能力によって現場で展開している部隊の状況がわかるようになっている。

装甲ユニットが撃破判定を受けると乗員四名が戦死か行動不可能になったという事である。

即座に動く戦場の情報は更新が著しかった。分隊単位のユニットが一瞬にして行動不能となったり、攻勢に出た小隊がその半数の人員を失ったのをアリスたちは間接的に目の当たりにした。

この中には見知った顔もいるはずである。その戦友が演習とはいえ疑似的に散華したのだ。一人一人のことを思うとやりきれない気持ちになり、実戦で自分が耐え切れるか不安になる。

ソルベ中尉はアリスたち魔法士とは対照的であった。


 そんな中尉が現場に出た際に獣人であるフー上等兵を指導している場面に魔法士たちは出くわした。

彼女は瞬きひとつせずに一心不乱に通信機器を操作している。近くにいた同僚が機器の不調が発生したとアリスに耳打ちする。傍にいる中尉はそんなフーに対して優しい口調で諭すように様々な言葉を投げかけた。

「日々の管理を怠っているからこういう時に機械が壊れるんだよ。」

「中隊の行動が遅れてしまったよ。君はどうやって責任を取るつもりなんだい。」

「君は上等兵で下士官を目指すんだよ。自分で解決しなきゃダメだとは思わないか?」

「部隊の進行を遅らせて申し訳ないと思わないのか。」

「見てみなさい。支援部隊の人間が顔中泥だらけで伝令に来ているだろう。余計な労働をさせるんじゃない。」


言葉は鈍器のように重く、そして心を抉っている。

フー本人にしてみれば色々と言いたいことはあるだろうが、ソルベはそれを許さない。

あくまで責は担当者にあり、自分は物事を正解へと導こうとしているらしい。しかし他の人員に尋ねると事態は当初そんなに大きなものではなかった。

確かに通信機は不調になった。マニュアル通り軽く部品を確認して再起動させると直るようなものだったが、そこに中尉がやって来た。中尉は原因は何かと尋ねたが、フーの回答が物足りなかったのか、再度部品の調査を指示した。今度は念入りに細かく、自分の目の前で行うよう付け加えた。


ここはなんだ、そこはどうした、詳しく見せてみろ。


時間は費やされ、なのに急かされる。その結果通信機は本当に機能しなくなった。

ソルベ中尉はそこを攻めた。

彼の行動は中隊長として頼れる人材だと表したいのか、力があることを知らせたいのか不明であった。現場を掻き回しているようにしか受け取れなかった。素人が専門業務に手を出してしまった結果大きく事態を悪化させ、彼の人望を失ったようにしか思えなかった。

アリスは一歩踏み出した。

ソルベはそんな彼女に気がつくとにっこりと笑って俯くフーを指さした。そして笑うようにため息をついた。

アリスには小馬鹿にしているようにしか思えなかった。

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