第2話 「人間」とは何か

 人外であるシュリーフェンは人間に対して典型的なステレオタイプを持っていた。その考えに拍車をかけたのがソルベ中尉と彼女と同じ分隊にいるメリッサの存在だった。シュリーフェンは幼少期から人間は「へばる」「倒れる」「弱音を吐く」の三拍子揃った種族であると教育を受けていた。その上、自分たちより頭がよく回るのでいつも言い訳を用いて逃げている。

「自分たちの上にいるのはいつも人間だ。」と彼女の父親はよく口にしていた。


シュリーフェンのいる分隊はアイリス伍長の率いる13ミリ機関砲を操作する支援部隊だ。どこの誰が考えたのかはわからない、一昔前の対空砲を無理やり機動戦に対応すべく人力で神輿のように担ぐ新鋭とはいえない火器である。

人外といえども銃本体と三脚は重く、移動して撃つ作業は簡単ではなかった。加えて射撃時の反動も大きく、集弾性は悪い。人外たちと比較して肉体的に劣るメリッサは当然一連の動きについてこれない。そのため弾薬手として役割を命じられていたが、それでも満足にシュリーフェン達の動きについて来れなかった。

文学少女であるメリッサにとってはこの部隊に配属されたのは予想外であり、不服そのものであった。

高等学校入学試験の時に面接で前線にて貢献しますと答えてしまったがために今ここにいる。

肩にかけた装備が肉体に食い込みちぎれそうになる。動けば動くほど重さを大きく感じてきて足が動かなくなる。それでも分隊員からは声をかけられ、ただそれに向かって無心でふらふらと進んでいく。

頭の中は故郷のことでいっぱいだった。毎朝不安のない環境で目を覚まし、生まれ育った家で家族と顔を合わす。たわいのない言葉を交わし、今日は何をするのか話しながら温かい野菜のスープを啜る。熱が血管を通じて体の隅々まで広がり、1日が始まる。そんな毎日が当たり前だと思った。今では目を覚ますと寒さを感じる集団生活である。

食事もままならないが、無理やり入れるしかない。周りについて行こうとするとそれだけ心が反対側に向かっていってしまう。

極め付けは火器の発射音だった。小口径では発することのない大きく鈍い、空気を震わすような音。自分に当たっていないのに身が引きちぎられたのかと疑うほどだった。

マズルからは余分な発射ガスが吹き出し周囲の草や砂を宙に舞い散らせる。これは爆弾だった。銃本体も反動で上下にブレ、金属の塊が痛さを我慢しているように見えた。

私は死ぬ。

直感でそれだけがわかった。

「弾!」第一射手のシュリーフェンの声に気付いても体が動かない。

こんな雑に暴れる鉄の塊がいつまでも通常通りに作動するわけがない。いつか爆発する。そんなものに近づきたくなかった。

声をかけたシュリーフェンはメリッサの言動が理解できなかった。ただ人間だからという結論には持っていきたくなかったのだ。頭ではそうだとしても心の中では苦楽を共にする戦友だと思っていた。

慣れない環境で恐怖を覚えるのは理解できる。

しかし今戦争をしているのは自分たちであり、他人じゃない。怖いからこそ自分の役割をおろそかにしてはならないのだ。放棄するなどもってのほかだ。

また、なんとか理由をつけて上官に話をつけるのだろう。

「こんな奴とともに死ぬのはごめんだよ。」シュリーフェンは吐きつけるように呟いた。


 ランドメッサーが配属されたのはその時期である。どこかの学校出らしく、事務作業が向いているような黒髪の青年だった。

メリッサの一件もあったため、この補充兵にはあまり期待はしていなかったがアイリス伍長は違った。むしろ早く厄介払いを行おうと、人事に適性を見抜く能力が欠如していると示そうと一層厳しめに訓練を施した。基本装備である自衛用の9ミリ拳銃の他に、歩兵と同じ装備を持たせ、重機の予備弾薬と部品を持たせた。そのまま容赦のない動きをする人外について来させようと無茶をする。遅れたり、息が合わなかったら鉄拳制裁を行い、軍医には転んだためついた怪我であると報告するように念を押した。実際に転倒、落下を何度もしておりその言い分もまかり通るほど身体中傷だらけになった。それでもめげずに走れず倒れたら這ってでも弾薬を届けた。

演習中に通信機が故障し、またも走って陣地に戻った時、彼は初めて射手達と言葉を交わせた。

「ご苦労様」と声をかけたのは第二射手のコンドルだった。満足に返答できず、下を向く彼の目線の先にはさっき吐いたばかりの昼食がある。潤っておりまだ乾いていない。発する匂いなどみんな御構い無しのようだ。

背中が熱く、汗がシャツを貫通して戦闘服に浸透する。頭が呆然とする。

薬室に弾の入っていない自分の小銃を手に取り、呼吸を落ち着かせた。木の微かな香りは彼を落ち着かせたが、こんな小さな存在に助けられたのかと思うとどれほど逼迫しているのかと思うと小さく笑みが溢れた。

伍長を見ると何やら双眼鏡で前を見ている。「あー」と呟いて自分の分隊員を目配せすると射撃体制を取るように命じた。

「魔法士たちからのサプライズだ。敵役の装甲車だぞ。」

数百メートル先には鹵獲したであろうブリキの車が車体をこちらを向けて佇んでいた。

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