第3話 一致団結
クラフトマン曹長の手元には束になった報告書がいくつも握られていた。あまりデスクワークが得意ではないのか筆を持つ手は不自然だ。
書類の束は所見や報告書、部下たちから集めた改善提案などがある。以前までは字が書けない者も多く、読むのに苦労したが、今ではその多くがちゃんとしたを文章をかけているまでになり、部下たちの成長に感心している。
編成初期、人外と獣人の多くは読み書きが不完全であった。彼のその心情は同期であり上司のルーペ少尉にも伝わっていた。
彼女との出会いは入営時に遡る。
2人とも成績優秀でスムーズに階級を上げていったが、上昇思考のあるルーペは下士官最高潮の役職を通り越しついには尉官まで到達した。現場での経験をうまく活用し、2人は隊内で様々な問題に対応していた。
彼女はクラフトマンがなぜ幹部候補生へ志願しなかったのか疑問だった。彼曰く「余計な責任が増え、気苦労を増やしたくなかった。」からだそうだ。高待遇である条件よりも、この同期にとっては今の役職が一番いいのかもしれない。
クラフトマンはフーの書いた事後報告書に目を通し、ルーペに意見を求めた。
「形だけの出来になったな。」と彼女は感想を述べた。
作成されたマニュアル通りの整備や準備を行なったにもかかわらず、肝心な時に不調を期してしまったことの反省や改善は新人には大きすぎる課題だった。やれと言われればやるしかないが、そのために何日も費やすのは効率的とは思えなかった。フーは自身の上官や他整備兵にまで意見を求め、辿々しいながらも文章を書いたがその出来に中隊長は納得しなかったようである。
曰く、「反省が見られない。」「なぜ不調に気づけなかったのか。」「実践でそうなったらまた言い訳するのか。」「人が死んだら君のせいになる。」
もはや事実ではなく、中隊長が納得するものを書くように要求されるようになった。
これは教育の一環のようであった。彼の目指した壁なき中隊を目指すように。
新人のアリス候補生がアドバイスしたり、文字の書き方をランドメッサーが手伝ったことをクラフトマンは言った。
「面倒見いいじゃない。」
「2人ともその場にいたんだと。落ち込んでいたから手伝ったんだとさ。」
「ありゃ」とルーペは気の抜けた反応をする。
「仲良くなってるじゃない。中尉は嫌われ者を買って出たのかしら。」
「いや、あれは素だろうな。」
自分の添削のおかげでフーの読み書きが上達したものだと思っている節があるらしく、曹長は溜息をついた。
「大丈夫なのかこれで。」
「大丈夫だろ。今例の3人と他の奴らでハメを外しているらしい。」
中隊が訓練を行っている場所の近くには気前のよいバーがある。地元の人間もよく顔を出すが、彼らに混ざって制服姿の軍人もよく行く憩いの場所だ。ビールがうまい、ショットも安価で気軽にボトルキープもできる。酒の味を覚えたばかりの若者たちは自慢するように自分たちが買ったボトルを仲間内に見せびらかしていた。
ランドメッサーも初めて購入した。なぜなら上司であるアイリス伍長のボトルをカラにしてしまったからである。
「日頃の指導に感謝を込め、娑婆に未練を残さぬよう責任をもっていただきます。」最初の掛け声からして支離滅裂だったがこの声にフーを含めた仲間たちは盛り上がり、自分も自分もと、のってきた。「自分たちも士官下士官にはお世話になっている。その鬱憤、もとい感謝を示させてもらうぞ!」「自分だけ大役を演じるなんてずるいぞ!」
「俺たちは明日死ぬかもしれんのだ。訓練で死ぬかもしれんのだ。ストレスで死ぬかもしれんのだ。未練は残さんぞ。」とある一等兵は叫んだ。
誰かがショットグラスを飲み干すたびに「おおー」と歓声が上がる。
「いつまでも殴られてるわけにはいかないんだ。いつかはあの畜生をこっちが殴ってやる。それまで生き残り続けてやるぜ。」
「報告書何回書かせるんだよ。アドバイス何も意味ないんだよ!」
などなど怒号にも似た声が響き渡る。
「あ、ヤッベ。カラにしちまった。」
「ガハハ。大根だぞ人間。途中から誤魔化しようのないほど呑んでしまったことに気づいていたくせに!」
痛いところをつかれたランドメッサーは酒の回った口で笑いながら弁明を述べた。
「いつの間にか取り返しのつかないところまで行ってしまったから振り切ろうとしたんだが無理だった。お前らも同罪だ。覚悟しろ!」
とはいうものの、怒られるのは彼1人であることはその場にいたみんながわかっていることだった。
数日後、彼らは予告もなしに前線へと出発する。錬成も半ばでありながら。
ランドメッサーの懺悔のボトルが持ち主の帰りを待つようにいつまでも棚に飾られていた。若い台風たちが去ったあとに追加されたメッセージには「貴君の想いは十分に理解した。」と書かれていた。
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