第4話 誉の傷の物語
目の前に佇む装甲車は以前演習時に対峙したものと瓜二つであった。
違うのはそれには人間が乗っており、人知れぬ殺意を隠し持っていると言うことだ。
まだこちらには気づいていない。理想的な距離を確保し、側面をこちらに向けていた。それはまるで腹を見せて横たわる猛犬を目の前に、ナイフを振り翳すようなものだ。
シュリーフェンの隣で地面にふせっているアイリスは雑のうから資料を取り出した。それは前回の射撃結果である。何発当たり、どこに致命傷を与えられたか事細かく記してある。魔法士様さまの報告書だ。
「撃て」と小声での命令によってシュリーフェンは引き金を引いた。
より多くの弾が命中するよう、慎重に反動を抑えつつ引き金を何度も押した。装甲の薄い脇腹をやられ、砲塔がこちらを向く最中にぴたりと動かなくなった。一マガジン分三十発も撃ち終わると装甲車からは黒い煙が噴き上げる。
トドメを刺すよう命じられたランドメッサーは単独で装甲車に背後から近寄ると砲塔から逃げ出す人影を確認し、相手が拳銃を引き抜く前に射殺した。パンパンと音が響き渡り、人影は力無く転げ落ちた。車内の人間は13ミリの直撃を浴びて死亡していた。ちぎれた手は操縦桿を握っておりもう動かないことを確認する。
斃れた兵隊はブーツを履いており、階級は少尉らしい。
単車で偵察に来たのだろうか。もしそうなら無謀とも取れるが現場を直接見ようと危険を犯してやってきたことを思うとその垢を煎じて自分たちの中隊長に飲ませたいと心底思った。
中隊演習後、種族間の壁を残したまま彼らは前線へと送られた。部隊としても錬成は未だ途中であるが、半ば致し方ないことである。列車に乗せられガタガタと揺られること数日、彼らは暇を持て余していた。
疲れ果てだらりと眠る者、キャンプ感覚で盛り上がる者、流れる景色を優雅に観ているものなど車内では各々時間を持て余していた。それは僅かに残る娑婆の空気であり、彼らが最後に見るであろう平和な世界であった。しかし車上を警備する者たちにとっては気が気ではならない。車内のモラルはもちろんのこと、いつレジスタンスたちが襲ってくるか分からないため警戒を厳にしている。彼らもまた、名もなき戦士たちなのであった。
「君たちはまだいい。死んだりしたら誉になるが、俺たちはそんなことはかかれないからな。保険が降りることくらいが唯一美味しいところだよ。」
そう語りかける中年の警備要員の言葉に若い兵隊たちは返す言葉がなかった。
通信機器の報告書を未だ書き終えていないフーはこの出陣を喜んだ。なぜならもう書き終えていないことが曖昧になると思ったからである。
「お前書かなきゃダメだろ」とランドメッサーははにかみながら言う。
「書いたよ!」と彼女は答えた。
何度も訂正をくらい心が折れたという。見かねた少尉や曹長が助け舟を出すも、ソルベ中尉は突っぱねたそうだ。
「あの人はパワハラ気質だね」とフーは目を細めた。
それから彼女はアイリス隊の戦果を聞きたがった。中隊として初戦果であるので興味津々だ。しかしそれに対して彼はあまり気乗りのしない答えを返した。
「やっぱりヒトが死んでいるからね。自慢話にはできないよ。」
射手のシュリーフェンは物静かに自分の仕留めた車体をじっと見つめていた。アイリスは表情を表すことなくメモを書き込んでいる。メリッサは塹壕から出てこない。コンドルはタバコを吹かしていた。皆士気はあまり上がっていないようだった。
「意外だね」とフーはきょとんとする。
「ヤツらの懐から写真が出てきてね。手作りの人形かな。それも出てきたんだよ。もう返す相手もいなくなってね。でも遺品だけはそこにある。」
彼らにも家族がいたことがナレア軍人としての心持ちを揺るがした。第三帝国は残虐非道な卑怯集団で死ぬことを恐れていないと言うプロパガンダが先行していたため、その分衝撃が多かったのだ。
自分たちは何のために戦っているのだろうか。指導者たちはこの感情を理解できないだろう。
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