第8話 アイリス分隊 3
放たれた砲弾が外壁を砕き、アパートの一部を崩壊させた時、ランドメッサーは分隊とは少し離れた廊下で伏せていた。手には弾薬箱を握っている。何かの粉塵がパラパラと体に降りかかり、咳き込みそうになった。
今のはなんだ。爆弾が直撃したのか。
イヤな予感がした。
1人の兵隊がただ茫然とその場に立ち尽くしていた。彼女はまだ生気のあるみずみずしい両目をただ一点、虚空を見つめて首から血液が破裂したパイプから水が噴き出すようにジョロジョロと音を立てて流れていた。そのまま動くことなく、ゆっくりと膝をつきベットに眠り込むように倒れていった。
分隊員ではなかった。しかし分隊がいる部屋の近くで彼女は絶命した。
陣地は地獄そのものだった。壁は大きく崩れ煙が舞っている。愛着が湧きつつあった重機関銃は死んだように崩れていた。部屋の入り口からでも外の景色がよく見えた。しかしランドメッサーは環境の変化よりも衝撃的な光景を目にする。
下半身をなくしたコンドルが赤子のように泣き叫んでいたのだ。
動くたび、呼吸するたび、声を上げる瞬間、残っていた血液がどんどん傷口から流れていく。
まだ脳と心臓はその役割を遂げようとしている。しかしその働きもすぐに沈黙した。
コックリと顔を床に垂れてそれっきり動かなくなった。
シュリーフェンはすぐに見つかった。ほぼ5体満足で瓦礫に埋もれていたが自力で抜け出した。
「見てよこれ。」と見せてきたのは手首の骨が剥き出しになった自分の左腕だった。ぶらんと垂れ下がった手先を右手でグネグネを遊ばせた。
「よせ。」とランドメッサーは手を伸ばす。
彼女の目元は赤く腫れ上がり、興奮気味に潤んでいた。
この傷はどうしようもできなかった。衛生兵を呼ばない限り自分は手も足も出ない。
アイリス伍長はその場にいた人員で最後に見つかった。その時はまだ生きていた。何かを探すように下を向き、それを拾い上げた。それは自身の左腕だった。
部隊は撤退を開始する。敵の足音やキャタピラの音が聞こえ、何も考えずに走った。ランドメッサーの背中には応急措置を受けたシュリーフェンがしがみついている。空気を抉るような音が体を掠めて帝国兵が背中から射撃してきているのがわかる。悔しさや惨めさよりも生きて帰ることを最優先にかけ続けた。
シュリーフェンは丁重に手当を受けた左腕を見ながら考えていた。あれだけ汗水垂らしてともにした分隊が軽々と壊滅し今確認できるだけで自分とランドメッサーの2人だけである。
「元気?」と彼がやってきた。
私はしばらく後方へ戻る。でもこの人間はまだここに残って戦い続ける。
「メリッサは見つからなかったよ。行方不明だ。」
「そう。」
それから軽くこれからのことを話した。
「俺は異動になった。また弾薬運ぶ係だけどね。」
ナレア帝国力作の歩兵機関銃の分隊員として抜擢されたことを彼は喜んでいるようだった。
この男は生への執着がないのだろうか。シュリーフェンはふっと思った。
「あたらなければどうってことないさ。当たったら自決するまでよ。」
「家族が悲しむんじゃないの」
「俺は養子でね。故郷にいる家族が無事であればそれでいいんだ。」
それから彼は家族との思い出を話し始めた。彼には血のつながっていない兄と弟と妹がいる。
男子は全員有事の際は出兵できるようにしてあるが、彼は「自分1人でも頑張って耐えてたら、みんなをここから遠ざけることができるんじゃないかと思ってね。昇格したり、メダルでももらえれば、もしかしたら行かなくても済むかもしれない。それだけじゃない。万が一の時の保険も高くなる。家族が不自由なく生活できるんだ。恩返しだよ。」と言った。
「メッサー、だったら簡単に死んじゃダメだよ。自決するなんても言ったらダメ。私は許さないよ。」
いつの間にかシュリーフェンは彼のことをメッサーと呼んでいた。そのことに気づくと彼は言った。
「お前が帰ってくるまでは生きててやるよ。くっつくんだろその傷。」
ハハハッとメッサーは笑った。
年少兵突撃中 茶漬三郎 @lemon_wine_pls
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